スマートウオッチや指輪型ヘルストラッカーなどのウエアラブル端末は、自分自身の健康を知る貴重な機会を与えてくれるが、絶え間なく計測される数値に不安になる可能性もある。(PHOTOGRAPH BY NASTASIC, GETTY IMAGES)

ウエアラブル端末の人気がかつてないほど高まっている。スマートウオッチ(腕時計型)やスマートリング(指輪型)のフィットネストラッカー(活動量計、ヘルストラッカー)を使えば、睡眠パターンや心拍数、さらには血中酸素濃度まで常に監視できる。これらの端末は運動量の増加や健康的なライフスタイルの促進につながるという研究結果がある一方で、絶え間なく流れてくるデータに圧倒されてしまうというデメリットもある。

2024年7月16日付けで医学誌「Journal of the American Heart Association」に発表された研究によれば、フィットネストラッカーを装着して心臓の状態を監視している心房細動(不整脈の一種)の患者は、装着していない患者に比べ、健康に対する不安が高かった。

「特定のデータを追跡できるのは、目標達成へのモチベーションになる一方で、不健全な執着や強迫観念を引き起こす可能性もあります」と不安障害、強迫性障害、摂食障害を専門とする認定セラピストのケイト・ミスケビクス氏は話す。

では、誰もが数字に取りつかれたような世の中で、どのようにバランスを取ればいいのだろう? ウエアラブル端末が私たちの心に与える影響とそのストレスに対処する方法について、専門家の話を聞いてみよう。

フィットネストラッカーはどのように不安をあおるのか

「何かに関心を向ければ向けるほど、脳はそれを心配するように訓練されます」と米国オハイオ州に拠点を置く不安障害の専門家ジョアンナ・ハーディス氏は話す。その結果、フィットネストラッカーを頻繁に確認しては心配になるという悪循環を断ち切るのが難しくなるという。

フィットネストラッカーは、特にユーザーが情報の解釈や管理に苦労している場合、脳が疲労して判断力などが下がる「データ過多」に陥る可能性があると、神経科学者のロバート・ゴールデル氏は言う。氏は米大統領イノベーション・フェローとしてウエアラブル技術の研究を行っていた。

デンマーク、コペンハーゲン大学による2019年の研究では、多くの人がフィットネストラッカーのデータを医師のアドバイスであるかのように頼りにしており、しばしば不必要な恐怖や不安につながっていることがわかった。

「通知機能や視覚的なリマインダーとして一日中働いてくれる端末を身に着けていると、このようなデータが簡単に手に入り、無視することが難しくなります」とミスケビクス氏は話す。

ウエアラブル端末がもたらす不安への対処法

このようにウエアラブル技術は精神的な負担をもたらすが、その人気は高まる一方だ。米調査会社ピュー・リサーチ・センターが2019年に実施した調査によれば、米国では成人の約5人に1人(21%)がスマートウオッチやフィットネストラッカーを定期的に使っている。日本国内におけるウエアラブル端末の保有率は2022年3月時点で11.3%だった(株式会社マクロミル調べ)。

幸い、これらの端末が引き起こす不安に対処する方法はある。ハーディス氏は、ウエアラブル端末の使い方を見直すことから始めるよう助言している。

ウエアラブル端末を5キロのランニングに使うのはよいが、心拍数の変動をすべて追跡しなければ気が済まないのは話が別だとハーディス氏は説明する。ウエアラブル端末が不安を高めるようになったら、関係を見直すときが来たということだ。

ミスケビクス氏は、気が散らないように通知設定を調整し、テクノロジーから離れる時間をとるよう勧めている。

「携帯電話を使わない時間を設け、テクノロジーから離れることで、よりマインドフル(今ここで起こっていることに意識を向ける状態)になり、精神的に健康になることは周知の事実です」と氏は話す。

そのうえで、「ウエアラブル端末を身に着けると、テクノロジーから離れられなくなる可能性について考えなければなりません」

ウエアラブル端末を頻繁に確認してしまうのに気付いたら、その習慣を断ち切る行動を意識的にすることが重要だとハーディス氏は述べている。おそらく落ち着かない気持ちにはなるだろうが、データのチェックをやめるよう脳を再訓練しなければ、衝動や不安はより根深いものになっていくと氏は言う。

データをチェックしたいという衝動や、健康上の問題を心配する気持ちに注意を奪われたら、「目に見えるもの、聞こえる音、におい、足元の感触に注意を払う」ことをハーディス氏は勧めている。この練習は、心配から不安に向かう悪循環に陥るのではなく、今この瞬間に集中する脳の訓練になる。

効果的な方法がもう一つある。休息を優先することだ。「良質な睡眠で脳を活性化させましょう」とゴールデル氏は助言する。

ウエアラブル端末に頼って睡眠を追跡する代わりに、ゴールデル氏はシンプルな判断基準を提案している。「目覚まし時計が必要であれば、おそらく睡眠が足りていません」

ゴールデル氏はさらに、「日々のスケジュールに気を配り、文字通りにも比喩的にも、一息つくための時間をとりましょう」と続ける。具体的には、テクノロジーから離れる時間を5分とり、目を閉じて深呼吸するといい。「休息と回復は能動的な行為」であり、生活に不可欠な要素だ。

ウエアラブル技術はいくつものメリットをもたらすが、テクノロジーとマインドフルであることとのバランスを見つければ、心の健康を犠牲にすることなく、ウエアラブル端末の力を引き出せるとミスケビクス氏は述べている。

「データは素晴らしいものであり、必要であり、有益です。しかし、データを重視するあまり、人間らしさを忘れないようにしたいものです」

文=Tiffany Nieslanik/訳=米井香織(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年10月14日公開)

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