『噓つき姫』坂崎かおる著(河出書房新社・1870円)
令和2年に短編「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞して以降、さまざまなコンテストで受賞・入賞を果たしてきた著者の初作品集である。収録された9編は舞台となる時代も場所も、読み心地も全く異なっており、その創造力と想像力に圧倒されるばかりだ。
表題作は、第4回百合文芸小説コンテスト大賞受賞作だ。第2次世界大戦下のフランスで、少女マリーは、いつも楽しい噓で和ませてくれる母親にピクニックに誘われて旅立つ。実際はドイツ軍が迫り、非武装都市宣言が出された街を逃げだすのだと読者には分かる。道中ドイツ軍の爆撃機の銃撃に遭い、なんとか逃れた2人は、遺体のそばで立ち尽くす少女と出会う。母親はエマと名乗るその子も道連れにすることに決め、周囲にはマリーと姉妹だと噓をついて旅を続けるが…。
前半では、タイトルの「噓つき姫」は読み手に母親を指すと思わせるが、後半で物語の様相は幾度も変化する。戦時という極限状態の中で、生き延びるためにいくつもの噓が重なり、やがて見えてくる真実には打ちのめされる。
他には、19世紀のニューヨークで見つかった魔女が、新しい処刑方法として開発されたばかりの電気椅子の実験に利用される「ニューヨークの魔女」、事故で身体が動かなくなったロボットの転入生と交流を深める男子中学生が語り手の「リモート」、AR(拡張現実)を使った体験キットで子育てを始めたことから齟齬が生じていく女性同士のカップルの顚末を追う「私のつまと、私のはは」、電信柱に恋してしまった女性が登場する「電信柱より」など。どの作品も決して多くはないページ数のなかで濃密なドラマが繰り広げられ、さらにはドキリとする結末が待ち受けている。人間心理の複雑さ、不確かさを浮かび上がらせる点も共通しており、単に奇想で驚かせるだけではなく、物語のうねりを堪能させる。初の単著にして、手練れの風格すら漂わせている一冊である。
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