『虎と兎』

『虎と兎』吉川永青著(朝日新聞出版・2090円)

戊辰戦争の激戦の一つである会津戦争を生き延びた下士の若者、三村虎太郎は維新後、新天地の入植話に乗り渡米。実在した入植地、若松コロニーで生活を営む中、行き倒れていたアメリカ先住民の少女を保護する。同族の言葉で兎を意味する名を持つシャイアン族のルルは、ある秘密を抱え、一人で相対するにはあまりに大きな敵に追われる身の上だった。彼女の境遇にシンパシーを感じた虎太郎は、彼女を同族の元へ送り届けることを決心、旅に出る。そんな書き出しから始まる吉川永青(ながはる)『虎と兎』は、サムライとアメリカ先住民コンビによる異色西部劇であり、広義の歴史小説である。

本作で最初に取り上げるべき特徴は、本作が様々な物語形式を内包する点だろう。実在する会津藩の御留流柔術の御式内(おしきうち)を大胆に脚色し、銃がものを言う西部劇世界で刀や素手で戦う主人公像を構築。また、匂い立つようなアメリカの風土描写を挟みつつ、西部劇でおなじみのヒーロー、ビリー・ザ・キッドや南北戦争で活躍した軍人のジョージ・アームストロング・カスターを物語に配し、西部劇としてのリアリティーを裏打ちすることで、西部劇と時代劇を融合させることに成功している。また、本作の旅路がある史実に回収される展開も、西部劇の物語形式にロードノベル、伝奇小説、歴史小説を混ぜ込み、それぞれの醍醐味を閉じ込めている。

本作最大の特徴は、主人公たちの成長物語になっていることだろう。虎太郎が作中、様々な人と出会い、自分の価値観に向き合い、幸せの本質を知るに至るまでの道程が丁寧に描かれる。こうした変化は何も虎太郎だけではない。もう一人の主人公であるルルにも全く別種の変化(成長)が用意されている。

互いの背を預け合う過酷な旅の中でそれぞれが一人の大人になる過程を描く本作には、良質なビルドゥングスロマンの香りが漂う。面白いだけに留まらない膨らみこそが本作の魅力なのだ。

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