従業員の労災認定を不服とした事業者が、国に認定の取り消しを求められるかが争われた訴訟で、最高裁第1小法廷(堺徹裁判長)は4日、「求められない」とする初判断を示した。訴訟を起こす権利を認めた二審・東京高裁判決を破棄し、事業者側の訴えを却下した一審・東京地裁判決が確定した。

下級審では、事業者が労災認定を争えるかどうか判断が割れていた。事業者の申し立てによって労災認定を覆せてしまうと、労働者がいったん受け取った給付金の返還を求められる可能性もあった。今回の最高裁判断は労働者が不安定な立場に置かれないよう配慮した形だ。

事業者は一般財団法人あんしん財団。一、二審判決によると労働基準監督署は2018年、同財団の従業員の申請に基づき、業務が原因で精神疾患を発症したと認めて労災を認定。従業員への療養補償の支給を決めた。

労災は、事業者が国に納める保険料が原資となる。一定の条件を満たした事業者には、労災件数に応じて保険料の料率が最大40%増減する「メリット制」と呼ばれる仕組みが適用される。同財団も対象で、今回の労災認定で保険料が増える不利益を受けかねないとして、国に取り消しを求めて提訴した。

第1小法廷は、労災について定めた労災保険法の趣旨は「法律関係の早期の確定」や「被災労働者の権利利益の実効的な救済」にあることを確認。事業者側に労災認定を争う機会が与えられると解釈すると、労災保険制度の趣旨が損なわれると指摘した。

そのうえで、事業者が不服を申し立てる場合は、個々の労災認定ではなく、その後に出される保険料を引き上げる決定に対して取り消し訴訟を起こすべきだと結論付けた。仮に事業者側の主張に沿って保険料の引き上げが取り消されたとしても、増額の根拠とされた労災認定に影響は及ばないとの見方も示唆した。

22年4月の一審判決は、事業者には訴訟を起こす資格にあたる「原告適格」はないとして財団側の訴えを却下。同11月の二審判決は「労災の法的効果によって、保険料の納付義務が増える具体的な不利益を被る恐れがある」とし、一転して訴訟を起こす権利を認め、労災認定の適否を検討するために地裁に審理を差し戻すべきだとした。

国は23年から、事業者側が労災保険料の決定に対して不服を申し立てられる仕組みの運用を始めている。

労災に詳しい東洋大の北岡大介准教授(労働法)は「事業者側が個々の労災認定に不服を申し立てられると、被災労働者などの救済に時間がかかるなどの問題が生じかねなかった。事業者の原告適格を明確に否定した今回の判決は評価できる」と指摘。「事業者側にとっても、保険料の認定決定の取り消しを求められるとしたバランスの取れた判断と言える」としている。

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