6年前、大雨によってもたらされた土石流が街を襲い、一夜にして日常を奪いました。
そこから住民たちは前を向き、全国から寄せられた支援、ボランティアなどの力も借りて
この6年一歩一歩着実に、復旧・復興をすすめてきました。

この坂町、後ろのガードレールのあたりに川が流れています。
濁った水があふれだしてこのあたりも当時は茶色の景色が広がっていました。
6年たって街の景色もこうして移り変わっています。
西日本豪雨から6日で6年。被災地のいまと向き合います。

【住民提供・ドライブレコーダー映像@坂町】
「これはいけんわ」
「どうにもならん…」

【2018年】
「住宅の形はかろうじてとどめていますが、1階部分は完全に土砂に埋まっていると思われます」

一瞬にして人々の日常を奪い去った西日本豪雨。

「取り残された男性を救助隊員が救助しました」

【2019年】
「高さ5mのワイヤーフェンスが張られています。その向こう側には2mほどの巨大な岩があるんですが、さらにこの上流のほうに倍以上のコアストーンがあるということで、現在はその破砕作業も行われています」

【2020年4月】
「坂町に完成した災害公営住宅です。3階建ての建物なのですがバリアフリーも意識された造りになっていますね」

【2021年7月】
「このコアストーンが西日本豪雨災害いかに大きな災害だったか、どれほど甚大な被害をもたらしたか、語り継ぐ教科書としてこれから未来の世代へ託されていきます」

【2022年4月】
「坂町の集会所です。災害の実相を後世に伝えるために作り上げてきたその記録がついに完成しました」

【2023年】
「災害から5年、天応には新たに市道が整備されました。災害時の避難路にもなるように設計をされているということで、この道路が天応の復興へと向かう道筋の一つとなります」

【2024年3月】
「我々がハザードマップと聞いてイメージするものとは大きく違いますね、小学生の皆さんが工夫した立体的な地図、様々なギミックも施されていそうです」

6日で6年…

【加藤キャスター】(中継)
私が今いる坂町には、古民家を活用した集いの場「スカイハウス」が去年できました。

週1回、住民やNPO法人がボランティアで運営していますが災害を教訓にして立ち上げられた異なる年代・地域の方との交流の場、子どもたちの宿題をする場など居場所づくりが地域全体の防災に繋がるということです。

実際の中でどのようなことが行われるかと言いますと、例えば今のように暑い季節ですと、地域の子供達にこの様にかき氷を振る舞ったりですとか、あるいはみんなでお菓子を食べたり、ゲームをしたり、こういった日常のつながりを生み出すことが地域全体での防災に繋がるということなんです。

山内さん、あの災害から6年が経ちました。振り返ってみて、今感じることはいかがでしょうか?

【コメンテーター:元カープ・山内泰幸さん】
「やはり6年前の映像を見ると恐怖を感じますよね。この間に砂防ダムとか整備されましたけど、私自身が防災意識のレベルアップができたかどうか、地域の繋がりとか今できてるのか、すごく考えさせられます」

あらためて、この災害への備えを日常生活の中でしっかりと進めていくことが大切だということを感じます。

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