インドの伝統的なモチーフをあしらった華やかな柄のヨガウエア。現地の女性が丁寧に縫製した商品は熱心なファンに愛されている。
手掛けたのはアパレルブランド「ランゴリー」。複写機大手のリコーで綿石早希さん(38)が社内起業し、立ち上げた。技術者から畑違いの分野への「キャリアチェンジ」は、あえて独立しなかったことで実現できたと痛感する。
2009年に技術職として入社。海外向けのソフトウエア開発など常に第一線に身を置き、29歳で米国拠点での勤務に抜てきされた。IT(情報技術)コンサルタントとして業務の改善提案など、経営層相手の仕事が増えた。
米国では、性別や年齢に関わらず自分の考えを伝えることを求められた。自信がなさそうに見えたのか、上司から「Be bold(もっと大胆に)」と声をかけられ、はっとした。日本では男性上司を立て、控えめにしていたことに気付かされた。この頃から、女性を後押しする仕事をしたいという思いを抱くようになった。
帰国すると、会社が社内起業の支援制度を新設し、起業家が競うビジネスコンテストを開くと知った。
当時、技術職以外の知識も身につけようと経営学修士号(MBA)の取得を目指し学んでいたさなか。「腕試し」と応募を決めた。
技術者らしく、3Dプリンターを生かした事業などの案が浮かんだが、競合がいたり需要が少なかったりする分野ばかり。行き詰まりかけた頃、インドの滞在経験がある元社員の話が突破口となった。
インドでは外で働くのは男性という意識が強く、女性は働きたくても就業機会が少ないと聞いた。女性に下着の作り方を教え、成長著しい都市部で売り出すのはどうか。インドという巨大市場を狙ったアイデアに胸が高鳴り、一気に構想を練り上げた。
インドに渡って市場調査を実施。試験販売すると1週間に100枚と予想以上に売れた。現地の人気俳優にSNSで取り上げられるなど確かな手応えがあった。
独立も頭をよぎった。「自分たちで会社を立ち上げられるかも」
だが、社内起業制度を活用すれば、初期投資や渡航費のサポートなど財務面の利点が大きいと思い直した。社内外から応募があった214件から、ユニークな発想などが審査員から高く評価され、20年2月に採択された。
事業計画は当初から計画通りにならなかった。新型コロナウイルス禍で渡航できず、ビジネスモデルを変更。国内製造、販売での走り出しに切り替えたが、コスト高に頭を悩ませた。
「資金繰りが悪化して、倒産してたかも」。難局を乗り越えられたのは会社の支援が大きかった。
財務面だけでない。見渡せば社内は人材の宝庫だった。アパレルとは領域は違えども、周囲はものづくりのプロばかりだ。
ブランドロゴは社内のデザイナーに依頼し、電子商取引(EC)サイトの立ち上げも詳しい社員に頼った。商品の品質チェックのやり方や広報、契約書を交わす際などの法務面の注意点など、ひとりでは限界がある分野は積極的に周囲を巻き込んだ。
同じ頃、社内では業務時間の2割を本業以外に充てられる社内副業制度がスタートし、仲間集めが進んだ。
22年にインド国内で工房を立ち上げ、9人の女性の雇用を生み出した。
責任者として毎月の売り上げや人件費、原価などの数字に追われながら、女性の雇用を生み出すという目標もかなえなければならない。キャリアで培ったものを総動員した日々は「まるで総合格闘技のようだった」と振り返る。
百貨店やヨガスタジオなどで売り上げを伸ばしたものの、当初のコロナ禍が響き「3年以内の黒字化」という事業継続の条件は満たせなかった。事業譲渡したが、「社会に貢献できた」と当初の目的を達成できたと誇る。
起業を通じて、会社で自分が何をしたいのか煮詰めることができたと思っている。性別を問わず「人の可能性を最大限に発揮できる社会をつくる」ことだ。
事業譲渡後の配属先に選んだのは子会社の人事職。社内の女性同士のコミュニティーの立ち上げなど働きやすい環境づくりに取り組むのも、そんな思いの一環といえる。
いまは産休に入り、将来のキャリアを模索する。働く人を技術でサポートする事業を思い描く。社内起業で得た自信と経験があれば実現できると信じている。
文 下川真理恵
写真 五十嵐鉱太郎
社内起業家、人材確保が課題
社内で新たな事業創出を担う人材は社内起業家(イントレプレナー)と呼ばれる。市場の変化に応じて新たな分野でのビジネスチャンスを狙うため、こうした人材の活躍を後押しする企業は多いが、人材不足が課題となっている。
パーソル総合研究所の2021年の調査によると、300人以上の企業のうち、新規事業開発に取り組むのは51.3%と過半数を占めた。
新規事業開発担当者に課題を尋ねたところ「新規事業開発人材の確保」「知識・ノウハウ不足」が最も高く約4割にのぼった。
調査報告書では副業や兼業などを念頭に「業務や組織の枠を超えた個人の自律的な働き方を認めるしくみを構築することが、大きな成果が期待できる施策だ」と指摘する。
働く側の意識改革も求められる。18〜64歳を対象にした国際調査プロジェクト「グローバル・アントレプレナーシップ・モニター(GEM)」によると、起業を望ましい職業選択と考える人の割合は中国72.1%、英国71.7%、米国61.7%、韓国58.9%に対して、日本は23.8%にとどまった。
【連載「Answers」記事一覧】
- ・日立に「出戻り」転職 起業で磨いたスキル、古巣で発揮
- ・定年迎える均等法第1世代 元富士通部長が選んだ次の道
- ・南極オーロラ隊員、管理職手放し包丁1本「再び現場へ」
- ・「オレが辞める」 娘が難病、夫婦で見つめ直したキャリア
- ・元市議会議長、民間で再起 磨いた調整力を世のために
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。