和歌山県田辺市の資産家で「紀州のドン・ファン」と呼ばれた野崎幸助さん(当時77歳)が6年前に急死した事件で、殺人と覚醒剤取締法違反(使用)の罪に問われている元妻の須藤早貴被告(28)の裁判員裁判が12日午前、和歌山地裁(福島恵子裁判長)で始まった。被告側は無罪を主張した。
起訴状によると、被告は2018年5月24日、野崎さんに致死量の覚醒剤を摂取させ、急性覚醒剤中毒で死亡させたとされる。2人は3カ月前に結婚したばかりだった。
野崎さんは事件当日の午後10時半ごろ、自宅2階寝室でぐったりしているのを被告と家政婦の女性に発見された。解剖の結果、血液や胃の内容物から多量の覚醒剤成分を検出。和歌山県警は野崎さんが覚醒剤を常用していた形跡がないことから、何者かに飲まされたとみて捜査を始めた。
県警は事件当日に家政婦が一時外出し、被告が野崎さんと2人きりになる時間帯があったことを確認。死亡から約3年後の21年4月、被告を逮捕した。被告のスマートフォンの解析では覚醒剤の入手方法や殺害方法を検索した履歴のほか、密売人とみられる人物と接触した形跡も残っていたとされる。
被告は捜査段階で黙秘を続け、目撃証言などの直接証拠は明らかになっていない。検察側は公判で、複数の状況証拠を積み重ねることで被告以外に関与した人物はいないとして有罪を立証する方針。これに対し、弁護側は起訴内容を全面的に否認し、「犯人性」が最大の争点になる見通しだ。
一方、野崎さんが覚醒剤を摂取させられた詳しい経緯のほか、被告の動機などが明らかになるかが焦点となる。11月に予定されている被告人質問で被告が何を語るかにも注目が集まる。
21年5月の起訴以降、証拠や争点を絞り込む公判前整理手続きが長引いたことで、初公判までに3年以上がかかった。公判は11月18日まで計22回の審理が予定され、計28人の証人が出廷する見込み。判決は12月12日に言い渡される。
野崎さんは複数の会社を経営していた。生前には欧州の伝説上のプレーボーイになぞらえた著作「紀州のドン・ファン」を発表。多数の女性と関係を持ったことをつづり、耳目を集めていた。少なくとも13億円に上る遺産を巡り、民事裁判にもなっている。【藤木俊治、安西李姫、木島諒子】
犯罪死見逃さなかった「調査法解剖」とは
物言わぬ遺体は何かメッセージを発していないか。異変や犯罪性をつかむ手がかりになるのは、法医学者らによる遺体の解剖だ。野崎幸助さんが死亡した事件では、犯罪死の見逃しを防ぐために設けられた「調査法解剖」が活用された。
野崎さんの急死後、和歌山県警は解剖で遺体から多量の覚醒剤成分を検出した。これで事件性を強く疑うようになり、本格的に捜査を進めることになった。
調査法解剖は死因・身元調査法に基づくもので、犯罪性が高くなくても実施できる。医師や家族らにみとられて亡くなった場合を除けば、死因が明らかでない遺体は少なくない。事件に巻き込まれた可能性も拭えないことから、死因究明の仕組みを充実させるために2013年から導入された。
きっかけの一つになったのは大相撲・時津風部屋の力士が07年に死亡した事件だ。警察は病死と判断していたが、解剖の結果で死因は外傷性ショックと判明。親方らから暴行を受けていたことが明らかになった。
犯罪捜査を目的とする司法解剖と異なり、調査法解剖は警察署長の判断で実施可能なうえ、裁判所の令状や遺族の承諾は不要とされている。警察庁によると、調査法解剖が実施された件数は導入翌年の14年は1921件だったが、23年は3116件にまで増えた。
日本法医病理学会理事長で、和歌山県立医科大の近藤稔和教授は「解剖は亡くなった方の人権を守るため、最後にできる医療行為だ。事件性が定かでない場合にも確かな死因を究明することは重要になるため、調査法解剖には意義がある」と話す。【安西李姫】
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