何気ない会話で心がふと軽くなる。毎月、名古屋市の中心部を語らいながら歩く「夜さんぽ」は、そんな瞬間を分かち合いたいと思う人たちの「居場所」になっている。
父親を自死で失った青年が始めた。共感を呼び、他地域にも広がっている。活動の目的は「生きることを愛する」。そこに込められた思いを知りたくて、一緒に夜の公園を歩いた。
9月16日午後6時前。名古屋市中心部の久屋大通公園。3連休の最終日ということもあって、家族連れなどでにぎわっていた。
この日の最高気温は35度以上の猛暑日。うだるような暑さが続く中、空を見上げるとすでに薄暗く、秋の気配が漂う。ライトアップされたテレビ塔近くには18人の男女が集まっていた。
年齢は20~70歳代。「こんばんは」「まだ暑いですね」。互いに言葉を交わす表情は明るい。
「夜さんぽにようこそ」。マイクを持ち、こう語りかけたのは、夜さんぽを主催する「Love Life Project」共同代表の角羽(かくは)康希さん(33)=活動名=だ。
角羽さんは続けて、相手の話を聞く上での「ルール」を説明する。聞いたことを誰かに話してはいけない▽求められない限り、意見やアドバイスはしない▽遮らずに最後まで話を聞く▽うなずきや相づちをうつ――。
本名を名乗る必要もなく、ニックネームで呼び合う。「悩みを解決したり、正解を導き出したりする場所ではないんです。思いを話して、他の人の思いに触れることで温かい気持ちになることが大事なんです」
自分を語り、耳を傾ける大切さ
角羽さんは6年前、父を自死で失った。会社勤めで、まだ60代半ばだった。父が生前、体力の衰えからか「仕事が思うようにうまくいかない」と家族に漏らしていたことを知った。
「うつ傾向だった」。実家に帰省するたびに父の背中が小さく見えるようになっていたが、父の悩みに気づくことができず、自責の念に駆られた。
残された母を支えたいと、自死遺族の支援をテーマとするセミナーに参加。しかし、講義が始まると、涙が机にボロボロとこぼれ落ち、配布資料の字が涙でにじんで読めなくなった。父の死に向き合えていない自分にいや応なく気づかされた。
深い闇は突然晴れた。セミナーへの参加で知った自死遺族が集まる「わかちあいの会」で多くの当事者と出会った。自分を語り、他人の話に耳を傾ける。ただそれだけの行為が心を温かくした。
「悲しむのではなく、父が生きたことを自分の人生で肯定して生きたい。父が亡くなったことも自分の一部なんだ」。ようやく父の自死を受け入れることができた。
その後、名古屋市が主催するまちづくりプロジェクト「ナゴヤをつなげる30人」に参加して知り合った2人と21年3月から活動を始めた。
今回で38回目。参加した延べ人数は600人を超える。この日の18人の中には初めて参加した人もいれば、2年半ぶりに歩くというリピーターも。3人1組に分かれ、事前に準備したトークテーマに沿って、南北約1キロの公園内を約1時間半かけてぐるぐる歩く。
5~6テーマがあり、「今日の昼ご飯は?」から始まり、最後は「私にとって生きるとは」という自身の内面に深く入り込んでいく。話したくなかったらパスしてもいい。すべては本人の判断に任されている。
「少し休憩しましょう」。一時間ほど一緒に歩いた20代の男性はベンチに腰かけた。その時のテーマは「『ありがとう』の言葉を贈るなら」。
「やはり家族ですかね。就職がうまくいかず、『迷惑かけてるな』と思っているけど、家族は何も言わずに見守ってくれる。普段はこんなこと誰かに話せないですけどね」。照れ笑いを浮かべ、男性はこう続けた。「ここでは安心して自分のことを話せる。相手も同じ気持ちなので、気を使うこともなく、心が楽になるんですよ。他人なんだけど他人ではないんですよね」
午後7時半過ぎ、参加者が集合場所に戻ってきた。歩く前は見ず知らずの関係だったが、わずか一時間半の間に緊張はほぐれ、穏やかな時間が流れる。最後に一人一人が感想を述べ、解散となった。「また会いましょうね」。元気な声が夜空に響いた。
短い文章で手軽に相手と通信したり、会話したりできるネット交流サービス(SNS)が主流の中、時代に逆行しているかもしれないが、参加者は限られた時間の中で互いの心を通わせる。
角羽さんは「X(ツイッター)やインスタグラムとは違い、リアルに話す場になっている」と話す。活動は名古屋大の学生の間や、愛知県刈谷市にも広がっている。
最後に家路に向かう参加者を見送りながら、角羽さんは笑顔でこう締めくくった。
「毎回参加しなくてもいい。何かあったとき、必要とするときに、ここ、栄にあり続けたい」
次回は10月19日午後6時。参加費は300円。詳細は「Love Life Project」のホームページ(https://love-life-project.qloba.com/)まで。【真貝恒平】
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