能登豪雨で塚田川が氾濫した石川県輪島市久手川(ふてがわ)町。その下流で、尊谷(そんたに)松夫さん(89)は変わり果てた姿で見つかった。先祖から受け継いだ田畑を大切に守ってきた尊谷さん。長男の敬蔵さん(63)は「地震でひどい目にあっても、田植えして実って、稲刈りまでしたのに……」と涙を流した。
尊谷さんは元日の地震で被災した。全壊と判定された久手川町の自宅は農作業の拠点としながら、仮設住宅で寝泊まりしていた。
敬蔵さんは「父は家族や親戚に配って食べてもらうのが楽しみだったんでしょう」と語る。今は手作業での稲刈りが終わり、稲穂を干していたところだった。豪雨の直前、尊谷さんは「天気が良くなったら、脱穀するか」と話していたという。
記録的な大雨となった21日朝、敬蔵さんは「いつもと違う雨だ。仮設に戻るぞ」と父から電話を受けた。その後、連絡が取れなくなり、氾濫した濁流が周囲をのみ込んでいった。
「どこかで生きていてくれ」。そう願った敬蔵さんは翌日、久手川町の実家の前であぜんとした。2階建ての家屋は跡形もなく、基礎部分しか残っていなかった。あったのは父の軽トラックだけだった。
尊谷さんの農作業のパートナーは弟の前川政二さん(80)だった。前川さんも安否不明となっている。敬蔵さんは「本当にまめに働く2人だった。どうしてこんなことになったのか……」と語った。【島袋太輔】
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