あと少しで夫の手を握ることができたのに。娘は地震で失った職をやっと見つけたところだった。亡き妻に伝えたい「ありがとう」。豪雨の爪痕が残る能登半島で、最愛の家族を思う人たちがいる。
濁流が自宅をのみ込んでいくのが見えた。その中には妻がいる。「雨を甘くみていた。山の方に逃げていたら助かっていたのか」。夫は悔やんでいる。
あの日、井角隆さん(70)は石川県輪島市久手川(ふてがわ)町の自宅にいた。雨脚が強まり、マイカーを高台に移そうと妻祐子さん(68)と話し合った。「2階に上がっていて」。井角さんはこう言い残して自宅を後にした。
車を移動させると、大量の水が山の斜面を下ってきた。近くの塚田川も氾濫している。すると、鉄砲水が起き、逃げ込んだ隣家の2階から見えたのは、自宅がゆっくりと傾いていく様子だった。
その頃、祐子さんは知人に電話をしていたことが後に分かった。「車が流された」と告げると、通話が途絶えたという。4日後、自宅から約400メートルの下流で見つかった。
祐子さんは料理上手だった。遊びに来る予定だった孫2人に手作りのギョーザを振る舞い、にぎやかな連休になるはずだった。29日の祐子さんの誕生日も毎年、家族で祝っていた。
夫婦共通の趣味はグラウンドゴルフ。朗らかで元気で、子や孫思いの妻だった。悔いは残るが、心を込めて伝えたい。「ありがとう」と。【小坂春乃、砂押健太】
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