台風10号を前にした事前放流で水位が下がった緑川ダム=国土交通省九州地方整備局緑川ダム管理所提供

 8月下旬に西日本を横断し各地に大雨や暴風をもたらした台風10号接近時に、河川の氾濫を防ぐために事前放流したダムが全国で141に上り、2022年9月の台風14号接近時の129を超えて過去最多となった。事前放流の仕組みが整備されて今年で5年目となり、大雨が予想される際に実施される流れが定着しつつある一方、安定的に機能させるために雨量予測の精度向上が鍵となる。

 事前放流は、大雨が予想される場合にあらかじめダムの水を流して容量を確保し、雨が降った際に水をためることでダム下流での河川の氾濫を抑止・軽減する仕組みだ。東日本を中心に100人を超える死者・行方不明者を出した19年10月の台風19号を受けて政府が導入した。水道や農業、発電などの利水目的ダムを防災に活用し、国が20年4月に定めたガイドラインに基づき運用されている。

出水期に事前放流したダム数と確保した容量

 国土交通省九州地方整備局によると、8月29日に鹿児島県に上陸して九州を通過した台風10号では、緑川ダム(熊本県美里町)▽松原ダム(大分県日田市)▽下筌(しもうけ)ダム(日田市と熊本県小国町)――をはじめ九州では福岡、大分、熊本、宮崎、鹿児島の5県41ダムが事前放流した。台風はその後も西日本を横断し、全国各地で事前放流が実施された。

 このうち緑川ダムでは、上流域で8月27~31日に398・8ミリの雨量を観測し、熊本県を中心に大きな被害が出た20年7月の九州豪雨の377・3ミリを超えた。雨量予測に基づく事前放流を実施し、8月28日までにダム水位を7・55メートル低下させ、ためられる容量を482万立方メートル確保した。

台風10号の接近で事前放流して水位を下げた緑川ダム(左)。その後の大雨時に水をためて(右)下流の緑川の水位を下げる効果があったという=国土交通省九州地方整備局緑川ダム管理所提供

 この結果、ダムから流れ出す水量を最大約2割減らすことができ、ダム下流の緑川の中甲橋(熊本県)地点の水位を約23センチ下げることができたという。緑川ダムの担当者は「一定の効果があった」と話す。

 事前放流は全国で進められている。国交省によると、20年度の出水期には延べ149のダムで事前放流があり、約1・4億立方メートルの容量を確保。21年度までには自治体などと協定を結び、2級水系まで含めた全国の河川で事前放流が可能となった。23年度は181のダムで事前放流し、確保した容量は約7・4億立方メートルに。大雨が予想される頻度が増え、確保容量も増加傾向となっている。

 利水ダムでは事前放流したものの、結果的に雨量が予想より少なく水位が回復しなかった場合は、発電や工業用などに必要な水が確保できなくなる恐れがある。事前に結んだ協定で国などが損失を補塡(ほてん)する仕組みがあるが、これまでに損失補塡に至ったケースはなく、順調な運用が続いている。

 ただ、事前放流には日単位の時間を要することもあり、台風とは異なり、予測が難しい線状降水帯での対応は容易でないのが現状だ。九州大の矢野真一郎教授(河川工学)は「事前放流は下流域の安全を守るために効果的だ」と評価する。一方で「雨量予想が外れて利水事業者に損失が出た場合は税金で賄われる可能性もあり、社会的コストを減らすためにも、より高い精度で予測することが求められる」と話す。【森永亨、平川昌範】

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