風力発電事業の計画地だった栗子山南部周辺(奥後方)=山形県米沢市で2024年10月1日、竹内幹撮影

 山形県の奥羽山脈・栗子山で計画された風力発電事業について、事業者のJR東日本エネルギー開発(東京)の松本義弘社長らが9月27日、地元の米沢市役所を訪れて事業からの撤退を伝えた。「抜本的見直しを」「協力関係を構築する意欲に欠ける」。ここまで知事や市長に厳しく指摘された計画は、どんな紆余(うよ)曲折をたどったのか。

 栗子山は標高1217メートルで山形、福島両県にまたがる。2019年に浮上した事業計画によると、米沢市の栗子山南部に大型風車10基程度を設置し、発電出力は最大3万4000キロワットを想定。29年3月の運転開始を予定していた。

 しかし計画地の周辺には絶滅のおそれがある猛禽(もうきん)類、イヌワシやクマタカなどの生息地があり、風車への衝突事故(バードストライク)の懸念が拭えないと指摘されていた。

 一方、事業者は23年に経済産業相へ提出した環境影響評価(アセスメント)準備書で、イヌワシの営巣地が計画地から10キロ離れた地点にあると記載。事業を進める意向を崩さなかった。

 こうした姿勢に対し、米沢市の住民有志は23年11月、「米沢の子供の未来と豊かな自然を考える会」を結成。事業者が実施した猛禽類の生息状況調査結果に疑問があるとして、事業の撤回を求める署名活動や勉強会を行ってきた。

 同会は事業者に説明会の開催を求めたが受け入れられず、8月4、5日にようやく開かれた説明会でも議論は平行線をたどった。高橋ひろみ共同代表は「対応が不誠実で不信感しか募らなかった」と反対姿勢を鮮明にした。

 一方、山形県は事業者の環境アセスメントに加え、計画地付近でイヌワシが巣材や餌を運ぶ動きのデータを独自に集めるなどして妥当性を検討。事業者が主張する営巣地よりも計画地に近い場所でイヌワシが営巣している可能性が高いと断定した。

 県はこのほか、造成地の崩壊や地滑りなどの懸念もあるとして、事業の中止を含めた抜本的な見直しを求める準備書への意見を8月26日付で経産相に提出した。

 さらに米沢市の近藤洋介市長は同30日の記者会見で、住民とのコミュニケーション不足を念頭に「市や住民との協力関係を構築する意欲が欠けている」と批判。事業計画の全面白紙撤退を事業者に申し入れた。

 こうした地元の意見も踏まえ、経産省は9月19日付で事業者に対する勧告を発表。イヌワシなど鳥類に関する複数の専門家から構成される協議会の設置、稼働後のバードストライク調査などを求めた。また土砂や濁流の流出による水環境への影響を避けるため、建設に関する厳しい基準を設けた。

 JR東日本エネルギー開発は事業撤退の理由について「スケジュールの大幅な遅延とコストの増大が見込まれ、事業性が成り立たない」とコメントした。

 一方、近藤市長は地域との信頼感作りに問題があったと改めて指摘し、「今回の計画は相当無理があった。市が求めてきた全面白紙撤回を受け入れたものであり、速やかで賢明な判断だった」と話した。

 「自然を考える会」の高橋共同代表は「今、同じような問題に直面している地域もある。自分たちの体験を共有していきたい」と振り返った。【竹内幹】

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