大規模地震が発生するたび、家屋倒壊による圧死や閉じ込めが後を絶たない。こうした現場での迅速な救助に向け、実践的な訓練を積める大型の設備が生まれた。開発・普及を担う企業の担当者は、2016年の熊本地震で被災情報の収集に携わった元警察官だ。
10月上旬、熊本県菊陽町で、この設備を使った公開訓練が初めて開かれた。会場には、人為的ながら、木造2階建て家屋が倒壊して1階が押しつぶされた状態が再現されている。そこへ、サイレンとともに地元・菊陽町消防団の団員ら約30人が駆けつけた。どの方角から入るか申し合わせると、つぶれた家屋の中に慎重に入り込んで腹ばいで進み、生き埋めになった被災者を想定した人形を救出した。
到着から救出までに要した時間は30分ほど。訓練に参加した消防団員の一人は「熊本地震を経験した我々は、警察などが到着する前に消防団ができることから始めなければいけないという意識がある。今回の訓練は、いざ地震があった時に役立つ内容だった」と話した。
「レスキュートレーニングモジュール」と名付けた訓練の設備は、防災教育などに取り組む会社「減災ソリューションズ」(東京都渋谷区)が開発した。社長の加古嘉信さん(50)は元々警察庁で災害対策室に勤務。8年前の熊本地震では、発生後に各地の被災情報を収集する役割を担い、救助活動の様子を分析した。
熊本地震では、約4万3000棟が全半壊。建物倒壊による死者は37人に上る。加古さんによると、熊本地震での家屋倒壊は、1階がつぶされて2階部分が残り、高さ75センチ未満の空間に被災者が取り残される形態が多かった。加古さんは倒壊家屋に特化して救助技術を高める必要性を感じる一方、被災状況を再現した環境で安全性を確保しながら訓練する難しさも感じていた。
21年に警察庁を辞し、大学の研究者に転じると、効率的かつ安全に訓練できるシステムの開発に本格的に取り組んだ。8年で完成にこぎ着けた設備は、実際の倒壊形態の再現と安全性に重点を置き、2階部分の高さや傾きを変えてさまざまな状況で訓練できるよう工夫。例えば、2階部分の床にのこぎりで穴を開け、1階部分に閉じ込められた被災者を引き上げて救出――といった住宅構造に即した救助手順を経験できる。
24年の元日に発生した能登半島地震では、古い木造家屋に住んでいた高齢者が犠牲になるケースが相次いだ。発生約1カ月後に警察庁が明らかにした死因分析によると、石川県警が調べた死者222人のうち約4割にあたる92人が圧死で最多を占めた。下敷きになって身動きが取れず、寒さで体温が低下し亡くなったとされるケースもあった。加古さんは「災害時に真っ先に救助を担うであろう消防団員がこうした訓練を繰り返すことが、命を救うことにつながる」と確信している。
訓練設備には災害医療の従事者も注目する。1995年の阪神大震災では、就寝時間中の発生だったこともあり、圧死が死因の8割以上を占めた他、救助された人でも、長時間の圧迫で筋肉の細胞が壊死(えし)し、毒素が全身に回る「クラッシュ症候群」を発症し、救助後しばらくして亡くなったり、しびれなどの後遺症が残ったりした。熊本での訓練に参加した日本医科大多摩永山病院の阪本太吾(たいご)医師(46)はクラッシュ症候群対策などを想定し、「救出して命を助け、社会復帰してもらうことが大切。現実に近い現場で消防団と医療従事者が連携して訓練できる機会は貴重だ」と期待した。
防災ベッドや耐震シェルターに補助も
国土交通省によると、震度6強~7程度に耐えられる家屋の耐震化率は2018年現在で9割近くに達するが、地域によって相当なばらつきがみられ、全国の自治体は危機感を強める。
横浜市は2024年度、フレームで家屋倒壊から体を守る「防災ベッド」の設置補助の上限を前年度までの10万円から20万円に倍増。部屋の一角を守る「耐震シェルター」も設置補助の上限を30万円から40万円に引き上げた。
南海トラフ巨大地震で大きな被害が想定される静岡市も24年度は耐震シェルターの設置補助の上限を25万円に倍増し、65歳以上としてきた利用の年齢条件も撤廃している。申請はこれまで年間0件だったこともあるが、24年度は11月中旬までに6件寄せられているという。
防災ベッドや耐震シェルターは、住宅耐震化に比べ安価に対策できるメリットがある。普及に取り組む静岡県の担当者は「高齢者を中心に、自分の代に続いて住む予定がない住宅の耐震化を避ける方もいる。命を守るベッドやシェルターをぜひ選択肢に入れてほしい」と語った。【中里顕】
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