左からTHE GUILD代表取締役の深津貴之さん、タレントの世良マリカさん、JICAチュニジア事務所長の宮田真弓さん
<アフリカのDXを支援する中でJICAが得てきた知見は、今後どのように日本に生かされるのか。また、途上国で生成AIが普及するメリットとデメリットとは? テクノロジーと国際協力に詳しい専門家をゲストに迎え、タレントで大学生の世良マリカさんと一緒に「途上国のDXと生成AI」について考える>
現在、世界では気候変動や食料危機など、さまざまな問題が起きています。そのような問題の現状や解決策について、「世界をもっとよく知りたい!」と意欲を持つタレントで大学生の世良マリカさんと一緒に、各界の専門家をゲストに招いて考えます。第2回のテーマは「途上国の DXと生成AI」。インタラクションデザイナーで生成AIにも詳しいTHE GUILD代表取締役の深津貴之さん、DXで国際協力を推進するJICAのSTI・ DX室の前副室長で、現在はチュニジア事務所長の宮田真弓さんにお話を伺いました。
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ルワンダのICT教育の様子(さくら社提供)全世界のモバイル決済額の7割は「サブサハラ」
JICA チュニジア事務所長 宮田真弓さん(以下、宮田) 下の写真をご覧ください。これはある国のお札の一部なんですが、一体どこのお札だと思われますか。
世良マリカさん(以下、世良) どこでしょう。ちょっとわからないですね。
宮田 これはアフリカのルワンダの500フラン札です。パソコンに向かう子どもたちの姿が描かれています。ルワンダでは実際に1人1台ノートパソコンを使って授業が受けられるように整備するという計画が進行中で、とてもICTが進んでいるんです。JICAもこの取り組みを支援しています。
ルワンダの500フラン札の一部 チュニジア事務所長の宮田真弓さん。日本のIT業界や、ブータン及びカンボジアでICT分野の国際協力事業に従事後、2010年JICA入構。経済開発部民間セクター開発グループ、ガバナンス・平和構築部STI・DX室副室長を経て現職。この日はチュニジアからオンラインで参加。宮田 また、アフリカ全土でM-PESAというモバイルマネーが普及するなど、全世界のモバイル決済額の7割が「サブサハラ」といわれるサハラ砂漠以南で占められているんですよ※1。
※1GSMA2023による。
世良 全世界のモバイル決済の7割も!それはすごいですね。
THE GUILD 代表取締役 深津貴之さん(以下、深津) アフリカは有線のADSLやISDNといった古いインフラがなかったので、逆に急速にデジタル化が進みました。いきなりモバイルからスタートしたので、社会制度やビジネスも新しいものを取り入れやすいのですね。
宮田 そうですね。ヘルスケア分野でもデジタル化が進んでいます。例えば、ナイジェリアの救急医療対応サービス「エマージェンシー・レスポンス・アフリカ(ERA)」では、月額13ドルほどの会費で救急車を呼べます。公的機関の救急医療は機能していないことが多いのですが、ERAに電話をすると、医療スタッフがすぐに来てくれます。また、ルワンダでは英国拠点のBabylon Holdings Limitedによる生成AIチャットドクターが導入されており、「頭が痛い」「喉が痛い」といった症状をチャットで答えると、病院に行く、行かないを判断してくれます。
ERAの救急搬送に用いられる車進行補佐・JICA広報部 伊藤綱貴さん(以下、伊藤) 深津さん、日本ではどうしてDXが進まないのでしょうか。
深津 やはり、既存のインフラがしっかりしていることが大きいのではないでしょうか。例えば119番をしたら救急車が来てくれるとなると、「今からDXを活用した救急医療対応や遠隔医療を始めよう」となりにくいのでは。日本では初期投資に莫大な費用がかかる、といった問題もあると思います。
世良 ただ、今後のことを考えるとDXを進めたほうがいいのですか?
深津 実はそうなんです。インフラは数十年も経つと作り直さないといけないので。
世良 アフリカはどうしてDXが進みやすいのでしょうか?
ケニアを訪れた時、自分もモバイルマネーを使ったと話す世良マリカさん。2002年神奈川県生まれ。19年に芸能界入りし、モデル、タレントとして活動。史上最年少16歳で「ミス・ワールド2019日本代表」になる。慶應義塾大学総合政策学部に在籍している。宮田 大きくは3つです。1つは圧倒的に平均年齢が若いこと。アフリカの平均年齢は21.5歳※2で、やはり若い世代の方がデジタルを取り込みやすいと思います。2つ目は代替サービスがないこと。とにかく不便なので、「何とかしたい」という強いニーズがあります。3つ目は規制が少ないこと。日本だと行政の許可を取るのに時間がかかりますが、アフリカでは法整備がまだできていない部分もあり、どんどん試せます。
※2 CIA World Factbookによる。
深津 アフリカの土地が広いことも関係しているかもしれません。広い土地に道路や水道を引くのは大変ですが、極論、ITは電波塔さえ立てば、それほどコストをかけずにサービスを一気に展開できます。
世良 JICAはアフリカのDXを支援していますが、アフリカで得た知見が今後は逆に日本で生かされることはあるのでしょうか。
宮田 はい。JICAでは日本のサービスの実証実験をアフリカで行う支援をしています。例えば、以前からソフトバンクが開発している成層圏通信プラットフォーム「HAPS(High Altitude Platform Station)」の研究をサポートしており、ソフトバンクが2023年9月に世界初の5G実証実験をルワンダで行いました。HAPSは成層圏に通信アンテナを飛ばすことで、これまでは携帯の電波が届かなかった地域にも電波を届けられます。実現すれば、デジタル・デバイド(ITの恩恵を受けられない人)の課題解決に役立ちます。
また、日本から世界に届ける支援もしています。香川県高松市にあるメロディ・インターナショナル株式会社は、医療過疎地の多い瀬戸内海の遠隔医療に取り組んでいます。特に通院が大変な妊婦の方に向け、遠隔で赤ちゃんの健康状態が確認できる遠隔診察のソリューションを開発しました。その後に世界で使えるサービスを開発し、現在は11カ国に展開しています。日本にある身近な課題をグローバルな視点で捉え直すと、大きなインパクトを出せます。これはアフリカのDXを考えるとき、重要なポイントです。JICAは世界各国に事務所がありますので、現地の方々と一緒に課題解決に取り組んでいきたいと考えています。
HAPSのイメージ図(ソフトバンク提供) 遠隔でも赤ちゃんの健康状態が確認できる「分娩監視装置iCTG」(メロディ・インターナショナル株式会社提供)途上国における生成AIのメリット・デメリットとは
世良 今はChatGPTなどの生成AIも普及してきていますね。こうした生成AIは途上国にとってはどういったメリット、デメリットがあるのでしょうか?
深津 アフリカの場合は、メリットのほうが大きいと思います。まず、ChatGPTのような言語AIは人間の言葉で機械に命令を出し、いろんな指示をしたり、情報を集めたりできるので、コスト問題を解決できます。例えば、日本やアメリカで教育を受けたスタッフをアフリカに送り、仕事をしてもらうとなるとコストがかかり、雇える人数にも限界があります。しかし、ChatGPTなら専門知識をカスタマイズして教え込むことで、月額20ドルほどで多言語にも対応でき、多くの高度な作業ができます。また、生成AIで高度な情報収集ができ、アクセスできる情報量、情報の質が大きく広がると感じています。
深津貴之さん。日本のインタラクションデザイナー。note株式会社CXO。株式会社THE GUILD代表取締役。横須賀市AI戦略アドバイザー。世良 反対にデメリットはあるのでしょうか。
深津 デメリットとしては紛争や内戦が起きている地域で、生成AIを使ったプロパガンダやフェイクニュースが広がるといった恐れはあるかもしれません。ただ、これはアフリカに限らず、世界で起こりうることです。アフリカの人々にとっては「エンジニアとして外貨を稼げる」といったメリットのほうが大きいと思います。
宮田 データ流通を規制しすぎることでデメリットが生じる場合もあると思います。例えば、アフリカではなくアジアの例ですが、ある国で森林保護の状態を地図上にマッピングしてデータ化したものがあります。これを近隣諸国と共有すれば保全活動にさらに役立つのですが、その国では政府が「外部に持ち出し禁止」というスタンスでした。そのため、JICAでは個人情報の保護などに留意しつつ、信頼性のあるデータを流通させる「データフリーフロー」が必要ではないかといった提言を行っています。
次に来る生成AIマルチモーダル
世良 今後、国際協力に生成AIは活用できるのでしょうか。
深津 高度な人材が必要だけれど、なり手が少ないなど人材が足りない部分や、人のスキルの水準にばらつきがある場合に、生成AIをアシスタントにすることでクオリティを標準化することに使えるのではないかと考えます。
宮田 例えば、途上国で農業を教える農業普及員の知見の共有にも役立つと思います。ある国では「土をなめて、まく種を決める」といった経験や勘に頼った農業を行っている地域があるのですが、AIが農業普及員を支援することで、このような勘に頼らない農業ができるようになるかもしれません。
伊藤 ではここで、公開されている農業普及員向けのマニュアル等をベースに、深津さんにChatGPTをカスタマイズして農業普及員のアシスタントとなるAIを作成して頂きました。実際に世良さんには新米農業普及員になって、パキスタンの農家の人の相談に乗って頂きますが、そのサポートとして生成AIを活用します。私は農家役になって質問します。「実は最近、オロバンチに困っています。どうしたらいいでしょうか」。
世良 オロバンチ......初めて、聞きました。生成AIに質問してみます。
生成AIの回答 オロバンチは寄生植物です。オロバンチの発生を防ぐためには、土壌の健康状態を維持することが重要です。適切な肥料管理と土壌の改良が必要です。
深津さんがカスタマイズしたChatGPTの回答画面世良 回答が出ました。「寄生植物」と言っていますね。
伊藤 回答はあっていますね。
深津 こうした生成AIを農業普及員が持つか、農業普及員がオフィスで使うのがおすすめです。現在の生成AIは性能が安定していないので、間違った回答をする可能性があります。それを直接一般ユーザーに伝えるのはリスクがあるので、あくまで最初は「職員のアシスタント」として使ったり、シニアの職員がクロスチェックをしたりするほうがいいと思います。
世良 なるほど。あくまで生成AIはアイデア出しやサポートで、最終的な判断は人間が行うということですね。
深津 そうですね。あるいは人間がプランを作って、それがマニュアルのベストな運用方法とずれていないか生成AIに確認してもらうこともできると思います。次に来るAIはマルチモーダルと言われており、音声や画像もまとめて処理できるようになっていきます。多分、今年、来年には写真をアップロードしながら、この種はこんな風に植えていいか?といった質問に対する答えが返って来るようになりますね。もう一つはプロアクティブAIというものも出てくると思います。重要なことが起こるとAIの方から話しかけてくるものです。ここから先はプライバシーやデータ管理をどこまで共有するかということになりますが、極端な例を言うと、村の人の健康データにアクセスできる場合、もし、村人全員が健康ではなくなってきているといった情報が手に入ると、例えば土壌汚染が起きているかもしれないといった分析も可能になるのではと思います。
宮田 今までは新人の農業普及員の研修に時間をかけていましたが、生成AIがあると研修の時間短縮になるかもしれません。ただ、一緒に農家を回ったり、農家にヒアリングして解決すべき課題を見つけたり、というコミュニケーションの部分は、いくら生成AIが発達したとしても残ると思います。生成AIで研修の導入部分を効率化し、その分、人と人とのやり取りに時間をかけられるようになるのではと期待しています。
伊藤 それから、いくらいいシステムを導入したとしても、使われなければ意味がない。現地の人々を巻き込み、主体的に行動してもらうことが必要となりますね。これは国際協力をする上での大きな課題で、難しい部分でもあります。
世良 私も普段、ChatGPTは「あくまでツール」として使うように意識していますが、それが国際協力の場面でも同じように活用できれば、とても大きな力になるのですね。
深津 おっしゃる通りで、AIには得意と苦手があり、それを人間が理解して分業することが大事かなと思います。
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