「実装段階ではサーバーはどんな仕組みになるのか」「価格はどのくらいか」──。2月下旬、人工知能(AI)開発を手掛けるプリファードネットワークス(PFN、東京・千代田)が開いた、AIのディープラーニング(深層学習)向け独自半導体チップ「MN-Core」についての勉強会の一幕。通信会社やデータセンター関連企業の社員らから熱心な質問が飛んだ。
日の丸半導体復活への期待が高まる中、日本で有望なスタートアップも育ち始めた。AI半導体で世界を席巻する米NVIDIA(エヌビディア)を超えたい、と意気込むのがPFNだ。
同社は2024年秋にも神戸大学と共同開発した後継の「MN-Core2」を搭載したスーパーコンピューターのクラウドサービスの外部提供を始める。学術向けに同半導体を搭載した開発用サーバーも販売する。半導体受託生産の台湾積体電路製造(TSMC)の回路線幅7ナノ(ナノは10億分の1)メートルの技術を活用した。
トヨタ自動車やファナック、NTTなど大手企業も出資する同社の推計企業価値は3500億円超とみられ、日本のユニコーンの筆頭株だ。AIブームの先駆けだが、その強みを生かし半導体も自前で手掛ける。
AI専用で省電力に強み
PFN計算基盤担当VPの土井裕介氏はAIに特化した同社の独自半導体について、「ソフトウエアに強い企業だからできる独自の設計思想だ」と自信を見せる。ネットワーク制御回路など通常チップに搭載する機能をソフト側に移すことで、より多くの面積を演算回路にあてられる独自の設計を採用。普通であればブラックボックスとなっているチップ内部の機能をソフトウエア化し、より最適な制御ができるようにした。
PFNは16年に半導体開発に着手した。初代MN-Coreを搭載したスパコンは、電力効率を競う世界のランキング「グリーン500」で20〜21年にかけて3回首位を獲得。当時最新だったエヌビディアのAI半導体「A100」を使ったスパコンを上回ったこともある。
VPコンピューターアーキテクチャー担当最高技術責任者(CTO)の牧野淳一郎氏は「『富岳』などは性能のトップを狙う中、当社は電力効率にフォーカスした設計とした」と話す。
23年8月以降、ENEOSはPFNの半導体を活用する分子解析ソフト「マトランティス」を活用。密度や粘度、熱伝導などの物性データの生成を従来比3倍に高速化できたという。PFNは自社でも次世代電池に使われる結晶構造の新素材開発などで性能の試験を進めており、「多数の元素を含むような複雑な材料の発見が期待できる」(産業応用技術の開発担当者)。
こうした取り組みに国も熱視線を送る。23年末、経済産業省は同社やインターネットイニシアティブ(IIJ)、北陸先端科学技術大学院大学のAI半導体開発に200億円を投じると発表。28年までの5年間、消費電力を抑えた半導体やスパコンの研究開発を支援する。経産省情報産業課長の金指壽氏は「今後専用チップの需要が高まる」と話す。国を挙げて国産化を促す背景に透けるのが、日本がAI半導体を買い負けることへの危機感だ。
電力当たり性能でエヌビディア超えへ
AI開発で圧倒的な地位を占めるエヌビディアの画像処理半導体(GPU)の製造コストは、数年前は1個100万円弱だったが、足元では数百万円まで上昇。それでも世界的な奪い合いで入手困難な状況だ。23年に岸田文雄首相が同社のジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)と面会した際には大量供給を要請する一幕もあった。
PFNの牧野氏はエヌビディアの最新半導体「H100」に対して「電力当たりの性能と価格当たりの性能で上回るようにしたい」と意気込む。差異化することでエヌビディアの牙城に挑む。
世界では半導体の覇権を巡って国家レベルでの投資合戦が繰り広げられている。KPMG FASによると、22年1月〜23年6月に確認された、計画を含む半導体産業への補助金の額は、累計で中国が約13兆円、米国が約8兆円、欧州が約6兆円、日本は約3兆円。巨額の政府支援により未上場企業の資金調達も活発化しており、米中企業を軸に半導体スタートアップへの投資も拡大している。
米調査会社のピッチブックによると23年のベンチャーキャピタル(VC)による半導体スタートアップ向け投資のうち75%が中国で米国が11%、その他地域は14%だ。日本でも半導体スタートアップへの投資は拡大しているが、その規模は世界的に見ればまだ小さい。だが政府の支援にも限りがあり、総花的な施策は期待できない。日本勢が持つ強みを見極め、世界でいかに戦うかという明確な戦略に基づいた半導体スタートアップ支援が必要になる。
(日本経済新聞社 西岡杏)
[日経ビジネス電子版 2024年3月22日の記事を再構成]
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