日差しを楽しむ米カリフォルニア州マリン郡の女性。大半の白髪は加齢によるものだが、喫煙、紫外線、甲状腺疾患などが原因となっている場合もある。(PHOTOGRAPH BY KEENPRESS)

いまだに科学はあらゆる老化現象に効く方法を発見できておらず、無情な時の流れに対抗する手段として、白髪染めを手に取る人は少なくない。

白髪隠しは世界で巨額のビジネスになっている。それにしても、髪はそもそもなぜ白くなるのだろうか。科学はいつの日か、これを元に戻す方法を見つけられるだろうか。

その答えはどうやら、われわれの毛包の中にある可能性が高い。毛包は髪に色素が付く場所であり、また多くの人にとって、色素の減少が始まる場所でもある。白髪に関わる「メラノサイト」という細胞は、髪や肌、目の色素であるメラニンを作る役割も担っている。

「メラノサイトの唯一の機能は色素を作ることであり、髪が成長する過程で、毛幹に色素を沈着させます」と、米アラバマ大学バーミンガム校の生物学准教授メリッサ・ハリス氏は言う。髪の色は、皮膚の色と同じく、日光に対する体の保護機能として進化したと考えられている。

髪の色が進化したそもそもの理由は単純なものだとしても、その背後には複雑な科学がある。そこには100以上もの遺伝子が関わっており、髪の色は最大99%遺伝によって決まる。

白髪の中には空気が詰まっている

頭に生えている髪の毛の一本一本は、次に挙げる4つの成長サイクルのうちいずれかの段階にある。

ひとつ目の段階は毛包から毛母細胞が成長するアナゲン期(成長期)で、数年にわたって続く。カタゲン期(退行期)には成長のスピードが緩やかになり、髪が毛包から離れる。

テロゲン期(休止期)は、新たな髪を成長させるために毛包が髪を放出する準備をする段階だ。最後のエクソゲン期(排出期)には、髪が頭皮から抜け落ちる。その合計は1日に数十本、時には数百本に及ぶ。この再生のサイクルは常に継続しており、一つひとつの毛包が独自のタイムラインを持っている。

髪に色素が付くのはアナゲン期だ。毛髪サイクルが始まると、毛包の毛球部にある幹細胞がメラノサイトを生成し、メラノサイトが色素を作る。メラノサイトは毛髪サイクルの終了までに死滅し、幹細胞から新たなメラノサイトができる。

しかし、年月がたつにつれてメラノサイトは勢いを失い、色素を作る量が減って、最終的にはまったく作らなくなる。「メラノサイトが仕事をしなくなってしまうのです」とハリス氏は言う。「幹細胞の数も減少します。幹細胞がなくなると、次の毛髪サイクルではメラノサイトが作られません」

その結果として、毛幹の中はメラニンではなく空気で満たされるようになり、われわれの目はその半透明の毛幹を、色あせたようなグレーや銀色、白として認識する。

「一晩で」白髪になるといった現象は確かにある

白髪への変化は毛包で起こるため、いったん毛包から生えた毛の色素を変えることはできない。一方で、ストレスによって「一晩で」白髪になるといった、よくある俗説のもとになるような現象も存在する。

それは、「休止期脱毛症」と呼ばれる現象だ。ストレスなどによってテロゲン期(休止期)の髪が増えるせいで、通常よりも抜け毛が増える状態を指す。そして、残された毛が以前よりも目立つことで、すでにあった白髪が目に付くようになる。

メラノサイトの活力を失わせる要因は加齢だけではない。遺伝子も色素の減少に関わっており、髪が白くなる年齢は人種や民族にも関連している。たとえば、白人は黒人に比べて最大10年も早く白髪が出始める。

ライフスタイルも重要だと、ハリス氏は指摘する。「いくつかの環境要因は、早く白髪になるリスクを高めることがわかっています」。喫煙、紫外線、特定の栄養の不足、大気汚染、過度のアルコール摂取は、どれも早期の白髪と関連している。

また、全身に腫瘍ができる遺伝性疾患の神経線維腫症や、甲状腺疾患のような病気が原因となる場合もある。このほか、白斑という病気や、皮膚や髪の色素に影響を与える遺伝性疾患のグリセリ症候群を持つ人々は、幼少期や若年期から髪が白くなることがある。

白髪に対する印象には性差がある

髪色のもつ意味と各色が現れる頻度、そしてさまざまな髪色に対する人間の好みは、生殖本能とも関わりがある。科学的には賛否両論があるものの、男性はブロンド(金髪)などの希少な髪色を好むように進化したと考えられており、また、男女ともに髪の色を健康と年齢の指標とみなしている。

良くも悪くも、白髪は年齢を連想させ、われわれが自分自身や他人を見る目に大きな影響を与える。50歳までに髪の半分以上が白髪になる人は、世界で最大23%にのぼるにもかかわらず、白髪を隠さない人たちへの差別はまん延している。

また、白髪の人が男性か女性かで、社会の認識は異なる場合がある。男性は一般に、年を重ねるにつれて気品と魅力が増したとみなされるようになる傾向があり、二枚目俳優にちなんで「ジョージ・クルーニー効果」と呼ばれている。一方で女性は、白髪が目立つことに対する偏見にさらされることもあってか、米国では最大75%の女性が髪を染めている。

2022年に学術誌「Journal of Women & Aging」に発表された研究からは、女性たちは、白髪によって象徴される知恵や能力、本来の自分を見せたいという欲求と、いつまでも若々しく「上手に」年を重ねる(つまり、年をとってもシワや白髪が増えない)という社会的な期待との間で葛藤を感じていることがわかっている。

この研究では、髪を染めたり、見た目を若くしたりする努力をやめた女性たちを対象に調査したところ、「彼女たちがヘアスタイル、化粧、服装に気を使うことで、『あきらめた』ような印象を与えないようにしている」ことがわかったという。その結果、女性たちは年を取っても「有能」で「きちんとしている」ように見せるために、結局は髪を染めていた時と同じくらいの時間、金銭、手間を費やしていると、研究者らは結論付けている。

いつか白髪を元に戻せるようになるかもしれない

そのため、初めて白髪を見つけたときに、多くの人があまりうれしくない節目がやってきたと感じるのも無理はない。しかし、「髪を白くするプロセスそのものを逆転させられる日はそう遠くないかもしれません」と、ハリス氏は言う。

氏はこれまでに、髪が白くなることが免疫反応に関連している可能性があるという発見をし、現在は、幹細胞を再び活性化させる方法についての研究を進めている。

ハリス氏の研究は、そうした幹細胞が実験室で操作が可能であることを示す別の研究に基づいている。このほか、免疫療法を受けた肺がん患者のグループで、再度の色素沈着が起こり髪の色が元に戻ったことを示す驚くべき研究もある。

鍵を握るのは、免疫系の働きを抑える「PD-L1」と呼ばれるタンパク質ではないかと考えられている。PD-L1は、メラノサイトを作る活発な状態の幹細胞と比べると、休眠状態にある幹細胞でより多く働いている。

「このタンパク質は、われわれがまだ理解していない新しい役割を担っているのかもしれません」とハリス氏は言う。

白髪についての研究は、美容だけに関わる問題ではない。人間の髪に色素が付くプロセスには、われわれの体が老化やストレス、環境要因にどのように反応するかについて学べることが含まれており、人間の健康全体にとって幅広い意味を持つ可能性があると、ハリス氏は考えている。

運が良ければ、白髪を元に戻す方法の発見が、健康で長生きする能力という、より大きな成果をもたらすかもしれない。

文=Erin Blakemore/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年7月17日公開)

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