(写真=ロイター)

「トランプ氏は自分自身と(石油・ガス産業の)金持ちの友人たちの利益しか眼中にない」

米民主党が8月19日、イリノイ州シカゴで開催中の全国大会で採択した2024年の政策綱領の一文だ。気候変動を取り上げた章で、共和党のトランプ前大統領を批判した。22年、バイデン政権下で成立させたインフレ抑制法(IRA)が脱炭素の取り組みを促進したと強調した。

ただ、これはバイデン大統領が再選を断念する前、7月16日に固まったものだ。バイデン氏の後継者となったハリス副大統領の陣営は8月16日、就任後100日で取り組む課題を発表。賃貸費や住宅購入費、処方薬、食料品といった一般家庭の生活コストを引き下げることを挙げ、有権者に身近な問題に焦点を当てた。ハリス氏自身の具体的なエネルギー政策はまだ見えないが、バイデン氏が一丁目一番地に掲げてきた脱炭素政策を引き継ぐことは間違いないだろう。

むしろ、ハリス氏は気候変動対策に熱心なカリフォルニア州が地盤で、化石燃料を扱う石油ガス企業には、バイデン氏以上に厳しい姿勢を見せるとの見方がある。綱領の中でも「クリーンエネルギーブームが大手石油産業の独占を破り、私たちはビッグオイルに立ち向かい続ける」と記載された。

米大統領選を争う2人の政策は大きく異なる(写真=ロイター)

ただ、こうした「反化石燃料」の姿勢が、そのまま政策に反映されるとは限らない。英ブランズウィック・グループパートナーのスティーブン・パワー氏は、「バイデン政権下で米国の石油・ガスの生産量は史上最高に膨らんだ」と指摘する。

22年2月に始まったウクライナ戦争により、世界でエネルギー安全保障の重要性が再認識された。当選前、連邦政府の所有地・水域で新規石油・ガス採掘を規制するとしていたバイデン氏ですら、化石燃料の重要性を認めざるを得なかったと言える。ハリス氏は一時、シェールオイルの採掘手法「水圧破砕法」の禁止を支持する姿勢を示した。禁止されれば採掘制限につながるが、トランプ氏の批判を受け、「禁止しない」と否定した経緯もある。

共和党のトランプ前大統領は、バイデン政権が進めてきた脱炭素政策を「緑の新たな詐欺」と批判している。当選後にIRAを撤廃するのではないかと取り沙汰されているが、そのハードルは高い。共和党が強いテキサス州などもIRAの恩恵を受けているからだ。

そうなると、液化天然ガス(LNG)輸出など化石燃料ビジネスと、脱炭素ビジネスが併走するという現在の潮流は、「ホワイトハウスに誰が入っても続く」(米政策コンサルティング会社キャップストーンのエリック・シェリフ氏)可能性が高いということになる。

二兎を追う米国の石油メジャー

こうした背景もあり、米国の石油メジャーは脱炭素と化石燃料強化の二兎(にと)を追う戦略を採る。エクソンモービルとシェブロンは脱炭素を推進する新部門を設立。エクソンは23年、二酸化炭素(CO2)を回収して貯留する「CCS」に必要なCO2輸送パイプラインに強みを持つ米デンベリーを49億ドル(7000億円超)で買収を決め、話題を呼んだ。

準メジャーのオキシデンタル・ペトロリアムは、大気中のCO2を直接回収する「DAC」関連企業の米ワンポイントファイブやカナダのカーボン・エンジニアリングを傘下に置き、米マイクロソフトや全日本空輸(ANA)などがCO2排出枠の購入契約を結んだ。

これらの石油大手は同時に、他の石油やシェールガスなど化石燃料の権益や企業の買収も仕掛けており、業界再編が進む。

日本に不可欠な「安定供給」

日本が50年に「カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)」の達成を目指す以上、脱炭素推進は欠かせない。だが再生エネ電源の適地も限られる日本には脱炭素エネルギーの安定調達が重要になる。となれば、豊富な再生エネ電源や手厚い政府支援がある米国は有力な調達先になり得る。

日本の発電最大手JERA米国子会社のジョン・オブライエン最高執行責任者は、「米国は、日本のエネルギー安全保障にとって、近い将来と長期的に重要な役割を担っていく存在だ」と話す。

(写真=中:三井物産提供、右:キャメロンLNG提供)

長らく日本のエネルギー調達を担ってきた商社も積極的に動く。メキシコ湾に面する米ルイジアナ州のLNG基地キャメロン。調達した天然ガスを液化し、海外へ輸出する拠点だ。運営に参画する三菱商事と三井物産は、キャメロンを活用し、脱炭素エネルギーの日本への供給を計画する。

三菱商事が狙うのは水素とCO2を原料に作る合成メタン。再生エネなどから作った水素と、発電所や工場などから回収したCO2を合成して製造する。燃焼時に回収時と同量のCO2を排出するため、大気中のCO2を増やさないとされる。

合成メタンと天然ガスは共に主成分がメタンだ。キャメロンで液化して日本へ送り、日本の都市ガスインフラを利用できるため、投資も比較的抑えられる。キャメロンの近くには水素とCO2のパイプラインが走っており、原料調達にも適している。三菱商事などは東京ガス、大阪ガス、東邦ガスと共に25年の投資決定を目指す。

三井物産はごみ埋め立て地から発生する「再生可能天然ガス(RNG)」の活用を進める。埋め立て地の有機物から発生するバイオガスを回収・精製したものだ。

こちらも主成分はメタンで、既存インフラが使える。バイオガスに含まれるメタンはCO2の20倍超の温室効果があるとされ、回収する意義は大きい。三井物産は23年、米国のRNG製造企業に出資。製造したRNGを東京ガスに試験販売するなど、実績を積んでいる。

脱炭素に強力なサポートを設ける米国は、日本にとって2つの意味で重要になる。米国市場で日本企業が収益を得る商機が多くあるという点と、そして米国から脱炭素エネルギーを日本に輸入しやすいという点だ。大統領選の動向は、日本にとっても大きな節目になり得る。

ハリス氏勝利、石油メジャーに利益も


英ブランズウィック・グループ スティーブン・パワーパートナーに聞く
米紙ウォール・ストリート・ジャーナル記者として、エネルギーや自動車業界を担当した経歴を持つ(写真=ブランズウィック・グループ提供)
エクソンモービルやシェブロンなど米国の石油メジャーは、少なくとも2030年代半ばまで、石油・ガスの需要が続くと見込んでいる。加えて、温暖化ガスの排出が少ないエネルギー源の需要も認識しており、CO2の回収やバイオ燃料などにも投資している。

21年に環境問題を重視するアクティビスト(物言う株主)がエクソンに複数の社外取締役を送り込んだ際には、同社が経営方針を(脱炭素へ大きく)転換する分水嶺だと見られた。しかし、そうはならなかった。ウクライナ戦争が石油・ガスの需要を生み出し、エネルギー安全保障の重要性を世界に知らしめたからだ。

今、米大統領選の結果が、エネルギー産業にどう影響するかが注目されている。トランプ前大統領は「石油・ガス産業」にとってポジティブであり、ハリス副大統領は「石油・ガス価格」にとってポジティブだと考えている。

ハリス氏は脱炭素を重視し、トランプ氏より石油・ガス業界に厳しい姿勢を見せるかもしれない。しかし、規制を強化すれば、中小企業より経営体力がある大手企業に対して有利に働くだろう。大手が生き残り、競争相手が減れば、石油・ガス価格は上昇する。それは大手企業の経営にプラスになる。

トランプ氏は石油・ガス業界への規制を緩めるかもしれないが、全ての輸入品に10%の関税を課せばコスト上昇要因となり、それは消費者価格に転嫁される恐れがある。トランプ氏は脱炭素に批判的だが、米国の石油メジャーは現政権のインフレ抑制法(IRA)や一定の排出削減方針を支持し、投資を進めてもいる。

そもそも石油・ガス企業は長期的な視野で経営されている。4年周期で物事を考える大統領に全てが制御されるわけではない。バイデン政権下の米国は史上最大量の石油を生産している。振り返ると、シェール革命は(バイデン氏と同じく民主党の)オバマ政権で最も進んだ。トランプ、ハリスのいずれが勝利すればこうだと明確に示すには、エネルギー産業の状況は非常に複雑だ、というのが実態だ。(談)

(日経BPニューヨーク支局 鷲尾龍一)

[日経ビジネス電子版 2024年8月23日の記事を再構成]

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