日本経済新聞社は8月29日と9月13日、脱炭素社会の実現を後押しする「NIKKEI脱炭素プロジェクト」の一環で、エネルギー分科会を東京都内で開いた。電力や熱などの脱炭素化を契機に産業競争力を強化し、経済を活性化させる重要性を共有した。安定供給の維持も考慮した電源構成の在り方や、次世代エネルギーの具体的な普及策などについても議論。官民一体で取り組む姿勢が強調された。

脱炭素電源は日本の成長に必須との認識で意見が交わされた

熱・燃料需要の脱炭素化も課題

8月29日分科会

会合には、電力会社や金融機関などのプロジェクト参画企業のほか、ゲストとして経済産業省の畠山陽二郎資源エネルギー庁次長が出席した。

政府は2050年までに二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げている。国は中間地点である40年時点での社会や産業の在り方をまとめた「GX2040ビジョン」を24年末に策定する予定で、再生可能エネルギーの利用拡大などを想定する。

冒頭、畠山氏は同ビジョンの検討状況に加え、グリーントランスフォーメーション(GX)やデジタルトランスフォーメーション(DX)を通じて日本の産業競争力を強化する狙いを共有。特に「エネルギー施策は国力をも左右する」とし、いち早く脱炭素エネルギーの開発と投資に取り組む必要性を強調した。

参画企業からは「脱炭素化に向け、官民一体で取り組んでいきたい」などの声が聞かれた。

一方、事業期間が長く高コストな電源施設への投資は簡単ではない。畠山氏は「リスクを一定程度軽減する政策措置を施すことが今後の課題」と話した。

カーボンニュートラルな社会を実現するには電力だけでなく、国内エネルギー消費量の約6割を占める熱や燃料の脱炭素化も必要だ。「50年に向け(エネルギー源を)どうトランジション(移行)していくか」との参画企業からの質問に畠山氏は「技術開発を進めながら実装しないといけない。水素やアンモニア(の利用)を推進していきたい」と応じた。

脱炭素電源の供給地が一部の地域に偏在し、経済的恩恵を受けられる場所が限られる可能性も指摘された。同氏は「脱炭素エネルギーを持っていることが地域の競争力になる」とし、「(地域と脱炭素関連の産業を)うまく結びつける仕掛けが必要」と話した。

国が24年度内に見直す中長期的なエネルギー政策「エネルギー基本計画」で示す新たな電源構成については「今確たるものはない」と述べるにとどめた。現行版では30年度時点で原子力の割合を20〜22%に、再エネを36〜38%に高める目標を掲げている。

ある参画企業は「日本にこれだけの投資の機会が来るのは本当に何十年ぶり。日本経済が大きく変わる局面にある」と期待感を示した。

移行期、安定と経済性確保を

9月13日分科会

会合には、経済産業省資源エネルギー庁の日暮正毅新エネルギー課長、環境省の大倉紀彰地域脱炭素政策調整担当参事官と吉野議章地球温暖化対策課長、自然エネルギー財団の大野輝之常務理事がゲストとして参加した。

日暮氏は再エネを将来的に主力電源とするための議論の現状、吉野氏は地域への再エネ導入策、大野氏は脱炭素電源の開発と確保の重要性などについて説明。続いて参画企業らと、脱炭素エネルギーの利用拡大に向けた諸課題について意見を交わした。

論点の一つとなったのが、脱炭素社会が実現するまでの間の移行期に、どの電源をどの程度使用するかだ。脱炭素を推進する上で再エネは有効な手段だが、安定供給の面で火力発電も無視できない。「どの電源も長所短所があり、電力の安定供給と経済性の確保という観点から、相互に補うことが大事」(参画企業)や「どの電源がどれくらいの役割を果たすかということを議論する必要がある」(大野氏)といった意見が出た。

脱炭素電源の恩恵を全国に広げる方法についても話した。「自然エネルギーの大規模な発電が可能でないところが、産業立地から外れていく」(NIKKEI脱炭素委員会委員)との懸念があるためだ。吉野氏は「(脱炭素関連の産業を地域同士で)横展開することが大事」とし、商工会議所などを通じた支援や、次世代エネルギーとして期待される水素の供給網に地域を組み込むことを提案した。

市場環境の整備も必要だ。国が推進を図る浮体式洋上風力を巡っては「採算が厳しいとの話を聞く」(参画企業)などの見方があがった。これに対し日暮氏は「エネルギー基本計画の中でも浮体式を含めた洋上風力に関する目標や目安を掲げることを検討したい。民間事業者の投資の予見性やサプライチェーン構築につながるだろう」と応答。

再エネなどへの需要自体を喚起するという観点からも「長期的には脱炭素に取り組まないことの方が、経済的負担が大きくなるような仕組みをつくりたい」と述べた。

このほか、地域住民との合意形成や人材育成の重要性などについても話し合った。

日暮氏は「再エネ資源でも、恵まれた国と比べると(日本は)様々な制約があるが、すべてのポテンシャルが生かされているのかという課題はある。それを乗り越えて(利用を)大きく伸ばしたい」と意気込んだ。吉野氏も「(国の目標である30年度の温暖化ガス)46%削減も血のにじむような(努力を)しないと難しい」と気を引き締め「必要な規制緩和は積極的に考え打ち出していく」などと述べた。

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経済社会の変革と一体

資源エネルギー庁次長 畠山 陽二郎氏

GX推進戦略を打ち出した2023年以降、エネルギーや気候変動など、GXを巡る状況は変化している。24年5月のGX実行会議で、次の国家戦略は経済社会全体の大変革と脱炭素の取り組みを一体的に検討する必要があるとした。

事業環境の予見性を高めて国内投資を促すために、産業構造や産業立地、エネルギー源を総合的に検討して40年の経済社会の姿を示すことが「GX2040ビジョン」の意義だ。ビジョン実現のための政策を強化し、成長志向型カーボンプライシング構想の具体化と、脱炭素電源の導入拡大の強化を目指す。

8月末のGX実行会議で提示された論点を土台に、GX2040ビジョンに向けた検討のたたき台を作成した。エネルギーとGX産業立地、GX産業構造、GX市場創造、グローバル対応の課題を抽出し、年末に向けて検討を進めていく。

DXによる電力需要増への対応は、確たる見通しがないと電源や送電線の過少投資に陥りがちな点が課題だ。特に大型電源は投資額が大きく総事業期間が長いため収入・費用の変動リスクが大きい。今後投資を促すための政策措置が要る。

産業立地についての課題は、脱炭素電源や水素・アンモニアなどの新たなエネルギーに地域偏在がある点だ。データセンターを脱炭素電源の立地場所に誘導するなどの政策により、全体最適を目指す必要がある。

(8月29日講演)

再エネを最大限導入

経済産業省新エネルギー課長 日暮 正毅氏

現在第7次エネルギー基本計画の検討をしているが、電力需要は増加し、脱炭素電源を十分に確保できるかが今後の産業立地を左右しうる状況だ。国民負担を抑制しつつ、再エネの最大限の導入を進めていく。

再エネ比率は2011年度の10.4%から、22年度には21.7%に拡大した。しかし30年の目標36〜38%の達成、50年のカーボンニュートラルを目指すには、さらなる加速が必要だ。

再エネ導入拡大には、地域との共生が欠かせない。改正再エネ特措法を24年4月に施行し、関係法令の順守、周辺住民への説明会の実施を徹底し、法令違反には支援措置を一時停止するなど厳格に対応している。

新たな技術の社会実装の加速化も必要だ。次世代型太陽電池のペロブスカイトは、量産技術の確立、生産体制整備、需要創出を一体的に進めていく。浮体式洋上風力はグリーンイノベーション基金を通じて研究開発と実証を進めている。脱炭素化だけでなく、特定の国に依存しない強じんなサプライチェーンとエネルギー構造を構築していく。

(9月13日講演)

適地誘導で地域を活性化

環境省 地域脱炭素政策調整担当参事官・大倉 紀彰氏、地球温暖化対策課長・吉野 議章氏

大倉氏(左)、吉野氏

環境省は、地域との共生を大事にしながら再エネの拡大に取り組んでいる。地域と暮らしに焦点を当て、地域の脱炭素を通じた地域共生型の再エネ導入、公共施設への率先導入、民間・住宅における自家消費推進、効率的な環境配慮、適正な廃棄・リサイクルを柱としている。

公共部門では、予算の確実な確保、地方公共団体への技術的助言や優良事例の展開、脱炭素化推進事業債の周知、次世代型太陽光(ペロブスカイトなど)の導入といった課題に対応していく。次世代型太陽光については、政府施設での率先導入に向けポテンシャルを調査して導入目標を検討する。地域主導の再エネ拡大は、地球温暖化対策推進法に基づく再エネ促進区域の設定促進や先行地域の基盤整備の課題がある。73カ所を脱炭素先行地域に選んだが、2025年度までに少なくとも100カ所選定したい。

すでに波及効果が顕在化している事例がある。横浜市は東北の市町村などから再エネ電気を調達、東京電力エナジーパートナーが再エネ電気プランを組成し先行地域以外の事業者もそのメニューを活用している。また営農型太陽光は補助制度を活用して促進している。民間企業などによる自家消費型太陽光の導入は、どのように支援の効果を波及させるかが課題だ。太陽光パネルの廃棄・リサイクルについては審議会で議論を始めている。

(9月13日講演)

デジタルや蓄電、技術力生かせ

自然エネルギー財団常務理事 大野 輝之氏

脱炭素電源をいかに確保するかが日本の今後の経済の成否を握る。問題はどう実現するかだ。政府はネットゼロに向けた排出削減は順調だというが、データをリアルに見れば対策強化は急務だ。

原子力発電の新設や火力発電の脱炭素化はコストなどの課題があり、自然エネルギーで8〜9割を賄う目標を立てる必要がある。太陽光の手法についてはPPA(電力購入契約)を活用し、立地は環境に大きな影響を与えない建物の屋上や壁面を使い、農業との共生も追求するなど、実現にむけた議論が大事だ。

出力変動への対応については、太陽光・風力の割合が高まってもデジタル技術の活用で対応可能である実例が世界で生まれている。日本でも検討し火力・原子力に頼らずに安定供給する方向を追求してほしい。当財団では2035年に仮に自然エネルギーが80%になった場合に安定供給が可能なのかをシミュレーションし、送電網整備と蓄電池を大量に導入することで可能になることを発表している。

(9月13日講演)

エネルギー分科会出席者

NIKKEI脱炭素委員会

▼高村 ゆかり[委員長] 東京大学未来ビジョン研究センター教授

▼末吉 竹二郎 国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問

▼森沢 充世 PRI事務局 シニア・リード

▼田中 加奈子 産業技術総合研究所 客員研究員

▼水口 剛 高崎経済大学学長

▼田中 謙司 東京大学大学院工学系研究科教授(オンライン)

▼吉高 まり 三菱UFJリサーチ&コンサルティングフェロー(サステナビリティ)東京大学教養学部客員教授

▼大野 輝之 自然エネルギー財団常務理事

▼安藤 淳 日本経済新聞社編集委員

参画企業

▼グリーンエナジー&カンパニー 石川大門・ストラテジー本部本部長 兼 

HR&ブランド戦略部部長

▼EY Japan 瀧澤 徳也・チーフ・サステナビリティ・オフィサー

▼アビームコンサルティング  豊嶋 修平・執行役員プリンシパル

▼日本郵船 筒井裕子・執行役員 ESG戦略副本部長

▼JERA 高橋賢司・脱炭素推進室長

▼関西電力 齊藤公治・執行役員エネルギー・環境企画室長

▼大阪ガス 桑原洋介・カーボンニュートラル推進室長

▼みずほフィナンシャルグループ みずほ銀行 田村多恵・産業調査部資源・エネルギーチーム次長

▼格付投資情報センター 奥村信之・執行役員サステナブルファイナンス本部長

写真は上段左から石川氏、瀧澤氏、豊嶋氏、筒井氏、高橋氏、下段左から齊藤氏、桑原氏、田村氏、奥村氏

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