ノルウェーの1Xテクノロジーズは体が不自由な人などの家事を支援するヒト型ロボット「NEO」を開発している=同社サイトから
人手不足を背景に、医療分野へのロボット進出が進んでいる。2024年には複数の人工知能(AI)・ロボットに関するスタートアップが多額の調達を成功させた。介護やリハビリを補助するサポートロボット関連では米マイクロソフトや米オープンAIなども出資している。医薬品の準備や配送、検体の配送など医療サポート関連のシステムも投資が広がる。AIの搭載でできることが広がっている。 日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

米国の医療業界は人手不足に直面する。急速な高齢化により医療サービスの需要が高まるなか、2030年には医師が約13万9000人、看護師が約3万3000人不足すると予測されている。

ロボット開発会社はこうした状況を、自社システムを自動調剤やリハビリ支援など医療業界に展開するチャンスととらえている。医療ロボットへの関心も高まっており、10月にニュースで医療ロボットに言及した回数は過去最高を記録した。

メディアでの医療ロボットへの言及回数、コロナ後に増加(ニュースでロボット及び医療に言及した回数、19年〜24年10月)、出所:CBインサイツ

CBインサイツのデータを活用してロボット分野の最近の取引、特許、提携について調べ、医療機関などが効率化と自動化を進めるためにロボットの導入を検討すべき分野を特定した。

3つのポイントは以下の通りだ。

・人手不足と高齢化のニーズに対処するために医療機関がロボットを優先的に導入すべき4つの分野は、介護支援、病院の運営と物流、検査の自動化、遠隔医療の提供だ。

ロボットの導入により高齢者は住み慣れた自宅や地域に住み続けられるようになり、医療機関はコストを削減できる。家事を支援するヒューマノイド(ヒト型ロボット)や、遠隔医療向けテレプレゼンス(アバター)ロボットなどがこうした目的に対応する。

医療機関は様々な用途のロボットに積極的に投資している。米メイヨー・クリニックは24年に入り、ロボット開発企業3社、米コラボレーティブ・ロボティクス(Collaborative Robotics、協働ロボット)、米クララパス(Clarapath、検査の自動化)、米バイオノート・ラボ(Bionaut Labs、薬剤の送達)に出資した。AIの搭載により、さらに多様で複雑な臨床業務が自動化されるようになるだろう。

注目の分野

ヒューマノイドとパワーアシストスーツ、介護の負担を軽減

高齢化によって介護の需要が高まるなか、ロボットは手間のかかる介護支援業務を自動化し、効率化する。家事や身体介助などを安定して担いつつ人間の負担を軽減してくれるため、介護者は少ない人員で多くの患者に対応できるようになる。

家事支援

ヒューマノイドは人手不足対策の切り札として投資家から強い関心を集めている。ヒューマノイド企業の24年(11月14日時点)のエクイティ(株式)による資金調達額は11億ドルと過去最高に達している。

AIを搭載したヒューマノイドは周囲の環境を理解し、新たな状況に適応し、デモンストレーションから学べる。これにより様々な状況で複雑な作業を器用にこなせるようになり、介護の際に安全に移動し、人間とコミュニケーションできる。

ヒューマノイドの主な用途はなお物流と製造業だが、米テスラや米フィギュアAIなど主要各社は将来的に介護での活用も想定している。重い荷物の運搬や家事など体力が必要な仕事を自律的にこなして介護者の負担を軽減し、エイジング・イン・プレイス(高齢者が住み慣れた地域に住み続ける)介護モデルを有効にする。

注目のスタートアップ

1Xテクノロジーズ(1X Technologies、ノルウェー):最新の資金調達、シリーズB(24年1月、調達額1億ドル)

・同社のヒューマノイド「NEO」は体が不自由な人などの家事を支援するために開発された。

・シリーズBのリード投資家は欧州大手投資ファンドのEQTベンチャーズが務めた。1年近く前のシリーズAは、米オープンAIスタートアップ・ファンドが主導した。

米フィギュアAI(Figure AI):シリーズB(24年2月、6億7500万ドル)

・製造業向けだが、高齢化に伴う在宅介護需要の高まりから家庭も主な市場機会ととらえている。

・シリーズBのリード投資家は米マイクロソフトとオープンAIスタートアップ・ファンドだった。

動作支援

ロボットは力仕事を支援し、介護をする人の負担を軽減するとともにケアを効率化する。

例えば、パワーアシストスーツを装着することで、介護者は患者を持ち上げ、ベッドから車いすに移し、体位を変えるなどの力仕事を的確にこなせるようになる。

こうしたロボットは自立歩行やバランス訓練、姿勢修正をサポートし、患者のリハビリも自動化する。これにより、理学療法士らは身体的なサポートよりも価値の高いケアに集中できる。

注目のスタートアップ

ジャーマン・バイオニック(German Bionic、ドイツ):シリーズA(23年12月、1600万ドル)

・医療など様々な業界向けにAIを搭載したパワーアシストスーツを開発。

・23年8月に北米市場で病院や介護施設、リハビリ施設向けパワーアシストスーツ「Apogee+」を発売した。看護師や介護スタッフが患者を抱えたり、移動させたりするのを支援する。

院内ロボット、臨床の負担軽減

病院では重要な業務を効率化して臨床スタッフの負担を軽減するため、医療用品の自律的な供給や薬の調剤などを手掛けるロボットの導入が急速に進んでいる。

こうした自動システムが薬の配送、医療用品の補充、検体の搬送などの日常業務を担うことでスタッフは負担が減り、患者の直接的なケアに時間を費やせるようになる。

最近の投資やビジネス関係は、医療施設全般でこうした効率化を促進するシステムへの需要が高まっていることを示している。

配送&物流

病院は薬や臨床検査のサンプルなどの院内の配送を担うロボットを導入している。大手医療機関による導入やレイターステージ(後期)企業への投資の増加が示すように、配送ロボットは医療で最も自動化が確立している分野の1つだ。

注目のスタートアップ

米ディリジェント・ロボティクス(Diligent Robotics):シリーズC(24年6月、4400万ドル)

・同社の支援ロボット「Moxi」は医療用品や薬、検体の配送など患者に接しない業務で臨床スタッフを支援する。

・17年に創業して以来、計1億1500万ドルを調達している。

・米医療機関のノースウェスタン・メディシン、シーダーズ・サイナイ、ロチェスター・リージョナル・ヘルスなどが顧客に名を連ねる。

病院間の自動配送には空飛ぶロボットという選択肢もある。

英国民医療制度(NHS)は24年9月、医療用ドローン(小型無人機)で医療機関から別の医療機関に血液サンプルをオンデマンド配送するサービスを開始した。英アピアンと米アルファベット傘下のウィングとの提携により運営している。

医薬品のドローン配送は特有の規制や法的要件があり、多額の初期費用もかかるため、既に地位を確立している少数の企業が手掛ける。

米ジップライン(Zipline):シリーズF(23年4月、3億3000万ドル)

・同社のドローンは病院間で検体や医療用品を配送する。

・NHSや米メモリアル・ハーマン・ヘルス・システムなどが顧客に名を連ねる。

薬の準備

薬の適切な準備と調剤は病院の重要な業務だ。このプロセスを自動化することで調剤の精度を高めつつ、薬剤師や看護師の手間を減らせる。

注目のスタートアップ

仏NOODDIS:シード(24年7月、190万ドル)

・病院の薬局向けに1回分の飲み薬の準備と調剤を自動化する。

・最新の調達資金を活用し、商用展開を加速する。

検査の自動化で臨床精度向上

人手が不足するなか、高度なロボットシステムが採血や組織切片の作製など反復的で高い精度が求められる検査業務を自動化する。これにより、スタッフは複雑な診断分析に集中できる。

メイヨー・クリニックや米ノースウェル・ヘルスなど大手医療機関によるアーリーステージ(初期)企業への出資は、病理検査で自動化の導入が進みつつあることを示している。

臨床診断

自動化システムは採血や組織の分析など重要な診断業務フローを効率化し、精度を高めるとともに手作業を減らす。

注目のスタートアップ

ビテストロ(Vitestro、オランダ):シリーズA(24年4月、2200万ドル)

・超音波画像とロボットによる針の刺入を活用したAI自動採血技術を開発。

・24年8月に欧州連合(EU)の安全規格「CEマーク」を取得し、域内全域で商用利用できるようになった。

不妊治療

体外受精(IVF)の成功率にはばらつきがある一方、コストは依然として高い。

AIを搭載したロボットシステムは適切な精子の選定や胚の取り扱いなどIVFの重要なステップを自動化し、手作業によるばらつきやミスを減らす。コンピュータービジョンと機械学習を使って適切な細胞を見極め、顕微授精を安定的に実施し、成功率を高めつつコストを削減する。

注目のスタートアップ

Baibys(イスラエル):シリーズA(24年7月、450万ドル)

・AIとロボット技術を使って受精する可能性が高い精子を選び、卵子に自動注入するシステムを開発。

・シリーズAにはイスラエルのファーストタイム・ベンチャー・キャピタルやロート製薬などが出資した。

ロボット、遠隔医療のアクセス拡大

ロボットシステムは遠隔医療の提供を促進し、医療機関は人員配置の制約に縛られずに専門知識を展開できるようになる。

1人の専門医が移動に時間をかけることなく、複数の医療施設で適切なケアを提供できる。治療が遅れる事態も減らせる。

米アイロボットからスピンアウトした米Ava Roboticsは8月、遠隔医療プラットフォームの米Vシー・ヘルスと提携し、1人の医師がリモートにより複数の場所で医療を提供できる集中治療室(ICU)向けテレプレゼンスロボットを開発した。

手術&処置

医療ロボットの最大の焦点は手術だ。このため、医療テック大手は手術ロボットのスタートアップを多額の資金を投じて買収している。アイルランドの医療機器大手メドトロニックは18年にイスラエルのメイザー・ロボティクスを16億ドルで買収したほか、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は19年、米オーリス・ヘルスを34億ドルで取得した。

手術ロボットはイノベーション(技術革新)が最も進んでいる分野でもある。CBインサイツの特許分析によると、過去5年の医療ロボットの特許で最も多い分野の1つは手術関連だ。

特許の主なテーマ、出所:CBインサイツ

この分野は今や従来のロボットにとどまらず、遠隔機能やオートメーション強化も含むようになっている。各社は遠隔手術・処置を可能にするだけでなく、自動化や操作の単純化により手術の業務フローを効率化している。

こうしたイノベーションは、外科専門医へのアクセス拡大、医療従事者の放射線被曝(ひばく)リスクの低減、手術のリソース利用の最適化という3つの課題に対処している。

注目のスタートアップ

センタンテ(Sentante、リトアニア):シード(23年12月、660万ドル)

・遠隔操作による血管内治療ロボットを開発。

・7月に人間の体内で初めて末梢(まっしょう)神経の治療を完了したと発表した。

画像&診断

医用画像と診断は過去5年の医療ロボットの特許が2番目に多い分野だ。

この分野は最近のイノベーションにより、診断精度が向上しただけでなく、十分な医療を受けられない層やへき地居住者の医療アクセスの課題にも対処するようになっている。

診断装置を遠隔操作できるようにすることで、医療機関は人員の制約に縛られずに専門家の知識を拡大できる。1人の専門家が複数の地域で医療を提供し、質も保てる。

遠隔診断のアーリーステージ(初期)企業の最近の活動は、専門的な診断へのアクセス向上と効率化に弾みがつきつつあることを示している。

注目のスタートアップ

米Apricity Robotics:シード(24年6月、110万ドル)

・心臓の超音波検査を遠隔で実施できる半自律型ロボットを開発。

・最新のラウンドでは米オーランドヘルス・ストラテジック・イノベーションズがリード投資家を務めた。

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