米イーライ・リリーのCSO、ダニエル・スコブロンスキー氏

1週間に1回の注射投与で体重を管理できるGLP-1受容体作動薬と呼ばれる肥満症治療薬が売上高を急拡大している。2021年6月に米国で承認されたデンマークのノボ・ノルディスクの「ウゴービ」は24年1月から9月までの合計売上収益が380億デンマーククローネ(約8400億円)だった。また、23年11月に米国で承認された米イーライ・リリーの「Zepbound(ゼプバウンド)」は同じ9カ月間で30億ドル(約4500億円)超を売り上げた。ウゴービは既に日本でも承認されて肥満症の治療に使われている。一方、ゼプバウンドの有効成分であるチルゼパチドの肥満症への適応については、日本でも承認申請中だ。

この2つの薬はもともと糖尿病治療薬として開発され、高い体重減少効果を示したことから肥満症治療薬としても注目されるようになった。GLP-1は食事をすると小腸などから分泌されるホルモンで、血糖値が高いと膵臓(すいぞう)からインスリンの分泌を促す。このGLP-1に似た働きをするのがGLP-1受容体作動薬だ。ちなみに、チルゼパチドは、GLP-1だけでなく、やはり食事を取ると小腸などから分泌され、食欲を抑えるなどの作用を持つGIPというホルモンの働きも併せ持っている。

米イーライ・リリーの「Zepbound(ゼプバウンド)」(写真=米イーライ・リリー提供)

だが、これらの薬は肥満や糖尿病だけでなく、他にも様々な疾患に対する効果が期待されている。ノボのウゴービは24年3月、肥満や過体重の成人における心臓発作や脳卒中などのリスクを低減するという適応でも承認を取得し、慢性腎臓病や代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)、アルツハイマー病などを対象とした臨床試験も実施中だ。リリーもチルゼパチドについて、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)や心不全、MASHなどを対象に臨床試験を行っている。

どうしてこれほど多様な疾患への効果が期待されているのか。リリーのチーフ・サイエンティフィック・オフィサー(CSO)であるダニエル・スコブロンスキー氏の答えは、このような内容だった。「当社の科学者から、チルゼパチドが減量に有効な可能性があると聞いたときには興奮した。肥満に伴う代謝異常が様々な疾患に影響していることが分かっていたからだ。代謝性疾患が肥満の影響を受けるなら、チルゼパチドがそれらの疾患に効果をもたらす可能性があると何年も前に予測した」

だが、代謝性疾患以外の疾患はどうなのだろう。例えば心血管疾患について、スコブロンスキー氏は「肥満や2型糖尿病の人は心臓発作や脳卒中を起こす可能性が高いので、チルゼパチドが心血管疾患のリスクを低下させるという仮説を立てている」と説明する。

加えて、「アルツハイマー病で死亡した人の脳を観察すると、脳の血管疾患が見つかることがよくあり、そのような人は症状も重くなりがちだ。従って、心血管の状態を改善することが脳の小さな血管疾患を減らし、脳神経疾患を改善するかもしれない。それを証明するには臨床試験を行ってデータを示す必要があるが」とも語る。

うつ病、飲酒など依存行動にも有効な可能性

さらにスコブロンスキー氏が、「これには我々も驚いた」と言うのは、体重減少だけでなく、不安やうつ病、飲酒などの依存行動にも有効な可能性があるとする研究が、米国の医師らのグループによって報告されたことだ。「確かに、肥満の原因のいくつかは脳にあり、このタイプの薬が脳の報酬系に影響を与えることも報告されている。報酬系への影響が依存症などの精神疾患にも関与しているのかもしれない」と話す。

スコブロンスキー氏は、「脂肪は炎症を引き起こす物質なので、脂肪を減らすことが炎症にも関係するのなら、自己免疫疾患にも影響しないか、研究している」と明かした。「これほど多様な疾患への可能性が検討されている医薬品は見たことがない。恐らく、食事と代謝が健康に重要であることを反映しているのだろう」と、スコブロンスキー氏は付け加える。

肥満症治療薬に対する投資家の期待は大きく、ノボの株式時価総額は一時5000億ドルを超え、リリーの株式時価総額は7000億ドル台で推移している。この期待の大きさは、肥満症だけでなく、様々な疾患に対する医薬品として開発されていくことが見込まれているからかもしれない。今後、その可能性が広がりそうだ。

(日経ビジネス/日経バイオテク 橋本宗明)

[日経ビジネス電子版 2024年11月20日の記事を再構成]

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