極北の海に適応して代謝が極端に低く、海洋温暖化で激減しかねない DOTTEDHIPPO/ISTOCK

<氷の海で生きるニシオンデンザメ、その不老の謎に迫る研究でわかった驚きの生態。その適応のメカニズムを解明すれば、人間の心疾患の予防にも役立つかもしれない>

脊椎動物では世界一の長寿を誇るニシオンデンザメ。その「不老」の謎に迫る研究が一歩前進した。このサメの長寿の秘密を生物学的に探れば、人間の健康長寿に役立つヒントを見いだせるかもしれない。

ニシオンデンザメは最高400歳、ことによるとさらに長生きする可能性がある。

英語でグリーンランドシャークと呼ばれるように、生息域はグリーンランドに近い北大西洋と北極海。凍るように冷たい海で生き延びるため、代謝が極端に悪い。遊泳速度は時速3キロ弱。1年間に1センチ足らずしか成長しない。


極寒の環境に適応したこの省エネ体質が驚異的な長寿の秘密かもしれない。

「人間も含め、より短命な動物はたいがい、加齢に伴って代謝酵素の働きが変化する」と、英マンチェスター大学の博士課程の院生、ユアン・キャンプリソンは本誌に語った。

「一部の酵素の働きが低下し、それを補うように他の酵素が活性化してエネルギー生産を高く保とうとする」

酵素は細胞内で化学反応を促進する重要な役目を担う。キャンプリソンらはニシオンデンザメの赤筋(遅筋)の細胞内でエネルギー生産を助ける5種類の酵素を調べ、加齢に伴う変化が見られないことを突き止めた。

チームは今年7月初め、チェコの首都プラハで開催された実験生物学会の年次大会でこの研究結果を発表した。

加齢による筋肉中の酵素の変化は大半の動物に見られるが、ニシオンデンザメの筋肉ではこうした変化が起きないようだ。これがこのサメの長寿の謎に迫るヒントになりそうだと、チームはみている。

温暖化で絶滅の危険も

エネルギー代謝が一生にわたり低いレベルに保たれることが長寿の決め手なのか。明確な答えを出すには、今後の研究を待たなければならない。

人体の最も重要な筋肉の1つは心筋だ。人間では加齢によるその衰えが主要な死因になっている。ヒトとサメの心臓は「解剖学的には非常に異なる」と、キャンプリソンは言う。

「例えばサメの心臓には2つの部屋しかないが、人間には4つある。だが細胞レベルでは類似点がより多くある」

ニシオンデンザメは高齢になっても重い心疾患に苦しむことはないようだ。その適応のメカニズムを解明すれば、人間の心疾患の予防に役立つかもしれない。

今はまだその段階には程遠いが、自分たちが実施したような研究は「正しい方向に向けた一歩だ」と、キャンプリソンは力を込める。

こうした研究はニシオンデンザメの保護にも役立つ。

キャンプリソンらは、海水温の上昇で、このサメの代謝が異常を来すことも明らかにした。海の温暖化はこのサメにとって深刻な脅威となり得る。冷たい海水を求めて北上し続け、生息域がどんどん狭まる危険性があるからだ。

海洋温暖化はサメに限らず、全ての海洋生物にとって未曽有の危機になりかねない。


広大な海には未知の生物やよく知られていない生物が多くいる。ニシオンデンザメのように人類に恩恵をもたらす可能性を秘めた生物も多くいるが、このままではそれらの生物を研究するチャンスは失われかねない。

「それは生物にとっても人類にとっても取り返しのつかない大惨事だ」と、キャンプリソンは訴える。

アメリカ史の倍の寿命を生きるサメ

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