『アフリカの女』

『アフリカの女』長者町岬著(現代企画室・1485円)

著者は、東京国立近代美術館の研究員として数々の展覧会を企画し、意欲的な工芸論を展開。その後、秋田公立美術大学の学長・理事長、東京都庭園美術館の館長を務めた。そんなキャリアの持ち主が、「芸術創作を歴史学として解明することに限界を感じた」として小説家に転身。本書がその第一作となる。

主人公はパリでアール・デコの高級家具を主に扱っていた日本人美術商。1925年の国際博覧会(通称=アール・デコ博)の波に乗ったものの十年余りで立ち行かなくなり、ニューヨークでの再起を決意した。渡米に際し、アール・ヌーヴォーを扱う日本人女性美術商を誘い、当時最新の豪華客船ノルマンディー号に乗船。アール・デコ装飾で満たされた船内での、彼女や渡航中に出会った人々との芸術談義で物語が展開する。

話題の中心はアール・デコだが、熱っぽく語られるのは作家や作品ではなく、その価値を享受したときのブルジョアの美意識に関して。美術商にとっては、作家や作品以上に、誰がそれらに興味を持ち、大金をはたくかが最大の関心事。そこに従来の美術小説とは一味違う本作の特徴がある。それを主人公の言葉が印象付ける。「天才作家が芸術を革新するという考えは俗説だよ」と。芸術を革新するのは、ときの芸術に金を払い、享受する者たち。近代において、それがブルジョアなのだ。

そこには工芸史を専門とする研究者のキャリアが反映されているのだろう。工芸デザインは絵画や彫刻に比べ、受け手の意識が強く反映される。しかし、美術史や美術批評は作り手の論理に終始する。長年、美術館や大学で美術工芸の教育普及に携わってきた著者は、作家中心の思考が多くの人々を美術から遠ざけてきたのではないかと考えたのかもしれない。芸術の真価は、それを享受する者が満足すること。それを伝えるには評論より小説がふさわしいというのだろう。ただ、本作は理屈っぽすぎる。次回作はもっと軽妙な味わいを。

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