「新品の靴みたい」「出発前にピカピカの靴で旅に出られるのは最高ですね」ときれいになった靴を誰もが嬉しそうに見つめる。福岡県の東に位置する北九州空港。2階ロビーの一角で1人の男性が靴の手入れに勤しんでいた。3年前から、週に5日間、無料で靴の汚れ落としを続けているという男性。この人物の正体とは?

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靴の汚れ落としに勤しむ男性の正体

「この前まで『スターフライヤー』の社長をやっていました。それを辞めてここで靴の汚れ落としをやり始めました」と語る男性。2014年から2020年までスターフライヤーの社長を務めていた松石禎己さん(71)だ。

2006年、新北九州空港(当時)の開港と同時に東京(羽田)との間の路線運航を開始したスターフライヤー。本社は北九州空港にある。

なぜ、元社長が無料で靴の汚れ落としをしているのか?「スターフライヤーで働いていたとき、私の靴が東京から北九州に帰ってくるときに汚れていた。それで、東京だったら羽田空港に靴磨き屋さんがいるんだけど、北九州空港にはいないんで、北九州空港のロビーでやったら面白いと思って。北九州空港への恩返しのひとつです」と松石さんは笑う。

7年間、北九州空港での仕事に携わって来た松石さん。航空会社の社長を退いた2021年、時間に余裕ができ、恩返しのために始めたのが”靴の汚れ落とし”だったのだ。

“靴磨き”ではなく“汚れ落とし”

午前5時過ぎ。「きょうは72便が初便だから、その1時間前からやろうと勝手に決めているんです」と松石さん。道具も全て、自分で買い揃えたそうだが、なぜ“靴磨き”ではなく“靴の汚れ落とし”なのか?松石さんによると「靴磨きはプロ。私は、磨きではなく汚れだけを落とします。私は、靴磨きはできないから。だから無料」なのだという。プロの仕事と線引きをして無料で汚れ落としをしているのだ。

準備が終わると早速「どうですか?」とロビーを行く搭乗客に声をかける。「スニーカーです」声をかけた親子はスニーカーだった。「いいですよ、スニーカーでも」。これからディズニーランドに行くという親子。「学校は?休み?」世間話をしながら作業すること約10分。靴の汚れ落とし完了だ。

靴に現れるさまざまな人生

続いて「久し振りに革靴を履いたので、お願いしようと思って」と訪れた客には、ある思いがあった。「大事な用事です。人生が変わるかもしれない1日なので」と話す男性。東京の企業と大事な打ち合わせのため出発前に身だしなみを整えに来たという。

少しでも力になろうと松石さんの汚れ落としにも気合が入る。「よし!これでいいですか?」と松石さん。「ありがとうございます。ピカピカになりました」男性も満足げだ。「上手くいくように」松石さんは笑顔で東京へと向かう男性を見送った。

「いらっしゃらないと心配になるんですよ。体調を崩されたんじゃないかなと思って」と話して松石さんの前に座るのは常連客。月に3回は通うという。「いつか、仕事の話になって『何をなさっていたんですか?』と聞くと『僕のこと知らないんですか?』って言われました」と過去のやりとりを教えてくれた。「そんなこと言ってないよ(笑)」と松石さんも笑顔で返す。

冗談が言い合えるほど仲が良くなった常連客もできた松石さん。いろんな人と関わることで新たな世界が開けたと話す。「自分がいかに何も知らないか。その会社のこと、その業界のことは、よく分かるかもしれないけど、靴磨きでいろんな人と話しますので、私って何も知らなかったというのが、まざまざと分かって、かえってありがたくて」

忘れない“恩返し”の気持ち

3年間で3千人以上の靴の汚れを落としてきた松石さん。始めた頃は2カ月で辞めようと思っていたという。しかし気付けば3年。自分の楽しさだけでなく恩返しの気持ちも忘れていない。「靴の汚れ落としをしたお客さまには喜んでもらえるので、地道な1対1の恩返しができますので、喜んでもらえるお客さまがいる以上はやっていきたい」と話す。

スターフライヤーの社員が通ると松石さんに手を振ったり、靴汚れ落としに来たり、気さくに話しかけられる。

松石さんはこれまで利用してくれたお客さんとの会話を全てメモに残していて、いつか、これをまとめた本を出版するの夢だそうだ。

(テレビ西日本)

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