手つかずの雄大な自然が広がる北海道東部。風光明媚なこの地には、あるヒグマの苦い記憶が色濃く残っている。「OSO(オソ)18」のコードネームを持つ推定9歳6か月のオスが2019年から約4年にわたり、牧場で放牧中の牛66頭を殺傷し続けた。

OSO18は「怪物」と住民から恐れられ、歴戦のハンターが捕えきれないため、「忍者グマ」の異名もとった。もともと山菜など食べる“普通のクマ”が肉の味を覚え、次第に行動がエスカレートした可能性があることが分かってきた。ハンターによるエゾシカの死がいの不法投棄によって食性が変わってしまった恐れがあるという。

OSO18はすでに駆除されたが、人間の手で生態系のバランスがゆらぎ、「怪物」が再び出現する不安は拭えない。

「怪物」を仕留めたハンター 手記から伝わる緊張感

怪物OSO18を仕留めた弾丸。先端はつぶれている
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OSO18の最期の様子が分かる資料が2024年8月、標茶町の博物館に展示された。使用された弾丸やOSO18の牙のほかに、学芸員が聞き取ってまとめた駆除したハンターの手記があった。わずか400字程度と簡潔だが、ハンターの緊張感が伝わってくる。

「ヒグマはこちらを振り返りながら歩き、やがて立ち止まった後その場に伏せた。そしてこちらを気にすることなく、乾燥させている牧草に、頭を埋めたり持ち上げたりと、いじり始めた。そして時折こちらを見る」(手記の原文ママ)

怪物OSO18の牙。鋭く尖り全長15センチに及ぶ

手記によると、発見は2023年7月30日午前5時ごろだった。シカ撃ちを目的に釧路町内のオタクパウシ地区を車で走っていたハンターは、牧草が刈られた直後の放牧地に“黒い塊”を見つける。距離は約20メートル。車を適切な場所に止め、ヒグマの動きを監視した。

怪物OSO18を仕留めたハンターの手記

距離は約80メートル。人家や畑から近い場所のため、 ハンターは自治体の捕獲許可に基づき、駆除を決断した。

「クマが頭を上げた瞬間、首に向けて一発銃を放った。クマを撃つのは初めてだったが、スコープを覗くと鹿を撃つ時と変わらない冷静な感覚を覚えた」(同)

急所の一つ、頸椎(けいつい)を狙って撃ったが、かすめた程度だったのかも知れない。ヒグマは首を2、3回振っていた。すぐに眉間にもう1発放った。

駆除されたOSO18(2023年7月、提供:北海道釧路総合振興局)

「致命傷かと思い少し近づくと手足が動いていたため、念のため3発目を刈り草で隠れていた頭部に撃ち、止めを刺した」(同)

静かな最期だった。駆除から3週間後、このヒグマがOSO18であったことがDNA検査で判明する。

「変だな」捕獲作戦を指揮したリーダーが語る異質さ

「OSO18特別対策班」のリーダー 藤本靖さん

NPO「南知床・ヒグマ情報センター」の前理事長・藤本靖さん(63)は、北海道からの依頼を受け「OSO18特別対策班」のリーダーとして560日間にわたり、捕獲作戦を指揮した。

ヒグマの行動調査などに取り組んできた藤本さんは「OSO18が牛を襲った現場付近を見ると、普通のクマがよく食べる植物がたくさんあったのですが、食べた形跡が一切なかった。仲間たちと『変だよな』と話していた」とその異質さを振り返る。

「普通のクマなら一発でかかる」というはちみつと酒を混ぜた特製の餌を置いた檻を仕掛けても、反応しなかったという。

草食から肉食に 変化したヒグマの食性

怪物OSO18に襲われた乳牛

このOSO18の行動を裏付けるようなデータが、クマの過去2000年分の食性を調査した結果から明らかになっている。

福井県立大の松林順准教授が北海道東部と南部のクマ337体分の骨を使い行った調査によると、今のヒグマはフキやセリ、ヤマブドウなどを食べる“草食”が大半だが、1920年以前は肉食傾向が強かったという。

明治政府が北海道開拓を本格化。ダム建設などでサケの遡上が減ったことや乱獲などでエゾシカの個体数が減少し、草食に傾いたとみている。

北海道東部では、クマの食べ物に占めるシカや昆虫などの陸中動物の割合が1920年以前は64%。1996年以降は8%に大幅に減少していた。サケの割合も19%から8%までに減少していて、わずか200年でクマの食性が大きく変わった。

北海道東部で爆発的に増えるエゾシカ

藤本さんによると、OSO18の行動範囲内にハンターが撃ったシカが捨てられていた。「そこでシカを食べ続けて”肉食”になり、手に入らないときは、周辺の牧場で牛を襲うようになったのではないか。ヒグマにとっては、苦労せずに餌が手に入る『森のレストラン』状態」と推測する。

国有林に100頭超のエゾシカ死骸 不法投棄が与えた影響

エゾシカの不法投棄現場(北海道厚岸町)

北海道東部の厚岸町の国有林では2022年、100頭以上のエゾシカの皮や骨などが捨てられているのが発見された。北海道森林管理署によると、何者かが数年にわたり、解体後のエゾシカの死骸を不法投棄していたとみられる。

エゾシカの死骸の処理はハンターの自己処理としている自治体もある。しかし重さ100キロ超の死骸を運搬・解体するのは一苦労。この負担が不法投棄につながっていることもあるという。これらがクマのエサとなり、肉の味を教えた格好だ。

「普通のヒグマを『OSO18』という怪物にしたのも人間。そして、命を終わらせたのも人間だった」(藤本さん)

進むヒグマの巨大化 400kg クラスの個体も

日本で確認された中で最大級「北海太郎」のはく製(提供:北海道 苫前町郷土資料館)

人の営みが変えたのは食性だけではない。北海道東部のクマは巨大化傾向にあるという。藤本さんによると、オスグマの標準的な重さは200キロ~300キロだが、ここ数年は捕獲されるクマの半数以上が300キロ以上の大型で、400キロクラスも増えていた。

幼獣の巨大化も進み、最新の調査では、満2歳のオスグマの標準体重100キロだが、1.5倍近い個体も珍しくなくなった。

「デントコーンの作付面積が広がったことや、エゾシカの増加により、動物性たんぱく質などの栄養価が高い食べ物を摂取できる機会が増え、体重増加率が高くなっている」(藤本さん)

ヒグマの肉食化 対策整備が急務

ヒグマの肉食化を感じさせる出来事は道内各地で見つかっている。

同じ北海道東部の標津町や羅臼町では海に打ち上げられたトドを、ヒグマが食べているのが頻繁に確認された。400キロ以上離れた北海道北部の幌延町ではメスの乳牛がクマに襲われ、ほぼ骨の状態だった。付近には約17センチのクマのものとみられる足跡があり、OSO18をほうふつさせる。

OSO18 撃たれた後も首を2~3回振っていた(提供:標茶町)

北海道立総合研究機構の釣賀一二三自然環境部長は「クマに牛の味を覚えさせないように、電気柵を設置するなどしっかりと防除することが重要」と強調。「同時に、肉食性をこれ以上強めないために、シカの頭数管理や捕獲後の死骸を回収できる場所の整備が求められる」と訴える。

人間によって作り出されたかもしれない「怪物」を二度と生み出さないため、対策が急がれる。

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