「人生100年時代」と言われる今、長い時をより良く生きるために、教育、医療、経済など様々な分野で変革が求められている。私が9年間取材を続けた婚活の現場にも、変化の波が訪れている。その一つが中高年の婚活者の増加だ。

大手結婚相談所が今年行った調査によると、50〜70代の独身者で「結婚相手や恋人が欲しい」と思う人は2割を超えているという。

先行き不透明なこの時代に、手を取り支え合いながら歩んで行ける相手を探す。それが中高年の婚活…のはずなのだが、事はそう簡単にはいかないらしい。

お見合いの席で何度も脱毛自慢…女性はドン引き、クレームが入る

2023年3月。手土産のシュークリームを片手に東京・青山の結婚相談所「マリーミー」を訪れた内田さん(当時55)は、待ち構えていた婚活アドバイザー植草美幸さんに開口一番こっぴどく叱られた。

お見合い中の男女でひしめく一流ホテルのラウンジで内田さんがしでかした失態により、植草さんは相手の相談所からのクレーム対応に追われていた。

「もうっ、内田さん!何度言ったら分かるの?いくら脱毛したからって、お見合いの席でズボンをめくって女性にすねを見せるなんて、非常識です!」

内田さんがお見合い中に自慢のすねを披露したのは、これで2度目だ。全身脱毛した上半身の写真を初デートで見せてフラれたこともある。

「内田さんはすぐに気を許して全部見せちゃうから、女性がドン引きするのよ」

そんな内田さんがこの翌年、素晴らしい伴侶を得ることになろうとは一体誰が想像できただろうか。否、植草さん一人を除いて。

難航する50代男性の婚活…長所であるはずの「正直さ」が裏目に

家族で経営する建設会社の役員、内田さんはバツイチだ。元妻とは不妊治療の失敗をきっかけに関係が悪化し、50歳で離婚した。新たな伴侶を求め「マリーミー」に入会したのは2022年3月のことだ。

カウンセリングを受ける内田さん
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その年の1月に放送された『ザ・ノンフィクション』で植草さんの存在を知り、「自分を変えてくれるのはこの人しかいない」と、他の相談所を辞めて「植草美幸コース」に申し込んだ。

週に3〜4回ジムに通って25キロの減量に成功し、全身脱毛に、インプラント、エステなど総額500万円を「美」に注ぎ込んだ。これもひとえに「マリーミー」の『自分磨きを怠るな』というモットーに従ってのことだった。

50代の男性会員には、高圧的な態度でスタッフに接したり、「子供が欲しい」「若くて綺麗な女性を紹介しろ」といった身勝手な要求をする人もいるという中、内田さんは、毎回欠かさずスタッフへの手土産を持参し、植草さんの言葉に真摯に耳を傾け続けた。

厳しいことを言われても反論せずにグッと堪えるその横顔から、彼の真っ正直で優しい人柄が滲み出る。

だが、そんな内田さんの“人の良さ”が婚活では裏目に出てしまう。自身に「裏表」がないせいなのか、内田さんは相手が見せる「表」の顔を全てと信じ込み、一人で突っ走ってはフラれていたのだ。

女性の“本心”がどうにも分からない…「涙が出そう」

ある時は、バツイチのお見合い相手(46)が「16年間の結婚生活で元夫と外出したことは10回だけだった」と打ち明けると、内田さんは「私はそんな寂しい思いはさせません」と、元妻と行った旅行の思い出を意気揚々と語り出してしまう。

「宿が満室だったら、夫婦なら“ラブホ”に泊まってもいいですよね」

女性は、この言葉を聞いた瞬間に嫌悪感を抱いたそうだが、そこは大人の対応をとり、何とか楽しげな会話を続けた。

一方、女性の心情に気づかない内田さんは「上手くいった」と大喜び。初デートはどこに行こうかと悩んでは、幸せそうにしていた。その後すぐに「お断り」の連絡が来て、必要以上にショックを受けることになるのだが…。

ミスコミュニケーションと勘違いの繰り返し。悲しくも、それが内田さんの婚活ロードだった。

カウンセリングで叱られる内田さん

そんな内田さんを目にするたびに、植草さんは頭を抱えた。

「内田さんは素直で純粋で、本当にいい人なんです。でもそれが女性には1ミリも伝わらない。相当な人生経験を積んだ女性じゃないと難しいかもしれません」

その後も内田さんは失敗を繰り返す。

40代の会社経営者と「真剣交際」に進んだ際には、彼女が内田さんの自宅を見に来ただけで「結婚が決まった」と思い込んでしまった。両家への挨拶も、正式なプロポーズもしないまま「マリーミー」に成婚料を振り込み、勝手に「成婚退会」しようとしたのだ。

ところが女性には成婚の意思はまだなく、生活費などの条件も折り合わないことが判明。「マリーミー」始まって以来の騒動に発展した挙句、破談になってしまった。

「もう分かんなくなってきちゃったよ。涙が出そう…」

植草さんに叱られ深夜のファストフード店で嘆いていた内田さんは、成婚シーンを撮影しようと目論んでいた私を気遣い、「上手くいかなくて、ごめんね」と謝ってくれた。  

私は内田さんのこの優しさは、他の全ての欠点を補って余りあるものだと思ったが、婚活という短期決戦において、彼の内面まで見通せる女性はなかなか現れないだろうとも感じていた。

過去の結婚で心に傷を負った女性との出会い…「今度こそ幸せになりたい」

そんな内田さんについに運命の出会いが訪れた。

今年2月に『ザ・ノンフィクション』が放送されると、内田さんはSNSで『ラブホおじさん』と揶揄(やゆ)され、お笑い芸人がモノマネ動画をアップするほど話題になった。何事にもポジティブな内田さんは、「有名人になったみたいだ」とその状況を楽しんでいた。

その番組を見て「マリーミー」に入会し、内田さんにお見合いを申し込んだ女性がいた。同じくバツイチで、10歳年下の事務職・真由美さん(仮名・46)だ。

「テレビで内田さんを見て、この人は絶対にいい人だと思ったんです。『ラブホ発言』も私にとっては『そんなに騒ぐほどのことかな?』という感じでした」と真由美さんは笑顔で語った。

目尻を下げてニコニコと笑う感じがどことなく内田さんに似ている。

2人は順調にデートを重ね、2カ月後に「真剣交際」に進んだ。これまでと違い、内田さんは一人で突っ走るようなこともなく、とても落ち着いて見えた。

真由美さんは長らく独身生活を続けていたが、家族からのプレッシャーを受け実家に居づらくなり、40歳の時、姉から紹介された男性とほとんど交際もしないまま結婚した。

その結婚生活は地獄だった。不妊治療をしてもなかなか子どもを授からない真由美さんを元夫は酷い言葉で毎日のように罵ったという。彼女は不眠や情緒不安定に苛(さいな)まれた末、43歳の時に離婚した。

「内田さんといると、すごく安心できるんです。普通に会話ができて、ご飯を一緒に食べて『おいしいね』って言える。ありきたりの穏やかな生活が、ずっと私の理想だったんです」

真由美さんは涙を浮かべながらそう語った。

夜景が見える公園でプロポーズ

そして、2024年8月、真由美さんの47歳の誕生日に内田さんはプロポーズした。東京湾の夜景が見える公園で、膝をつき、バラの花束を差し出してこう言った。

「僕は誓う。あなたを一生全力でお守りしたいと思います。こんな僕ですが、結婚していただけますか?」

「ありがとうございます。ずっとそばにいてください」

内田さんの胸に顔を埋め、涙を流す真由美さん。ドラマのワンシーンの様な完璧なプロポーズだった。

内田さんは最後にこう言った。

「植草先生がよく言っていた『顔はついていればいい』という言葉の意味が、やっと分かった気がする。自分の中身を見てくれる彼女と出会えて本当に良かった」 

あの進藤さんもついに成婚!頑張り続けた二人に心からの祝福を

内田さんと真由美さんがフラワーシャワーを浴びて「成婚退会」したまさにその日。内田さんと共に『ザ・ノンフィクション』に出演し、SNSで話題になった進藤さん(仮名)も成婚を決め「マリーミー」を“卒業”した。

内田さんと同じく2022年3月に入会した進藤さんは、女性との交際経験がなく、実家で母親と2人で暮らしていた。お見合いでは極度の緊張から失敗を重ね、女性から「挙動不審」「マザコン」などとフラれ続けていた。

それでも地道に婚活を続け、一人暮らしをして家事能力を身につけた進藤さんは、60回目のお見合いで3歳年上の瞳さん(仮名)と出会った。彼女もまた『ザ・ノンフィクション』を見て進藤さんにお見合いを申し込んだという。

進藤さんは、東京駅の夜景の見えるレストランで花束を渡して瞳さんにプロポーズした。

「僕と結婚してください。一生、絶対幸せにするよ」

人生で初めて書いたという彼女への手紙には、口では伝えきれない思いが丁寧な文字で書かれていた。

<会えば会うほど、好きになっていく自分がいて、瞳さんとの思い出の一つ一つが今の僕を作っています>

“コミュ力”不足で失敗続きだった進藤さんの努力と成長の跡に、彼の婚活を追い続けてきた私も胸が熱くなった。

植草さんは「家の中で役に立つ男にならないとダメよ」と最後まで手厳しいアドバイスを送りながらも、その顔は嬉しさにほころんでいた。

進藤さんは最後のインタビューで、「幸せ以外に言葉が出てこないです。生きていて良かった。植草先生はじめ、皆さんに感謝しかないです」と頭を下げた。
 

この多様性の時代、「結婚しない」という選択は無論尊重されるべきだろう。

しかし、何事にも「戸籍」が重視される今の日本の諸制度を鑑みると、「誰かと共に生きたい」と願う多くの人は「結婚」を目指すことになる。その道のりには、コミュニケーション能力やお金、容姿、年齢や育ちといった様々なハードルが存在する。それらの障壁が、“仲人”の手を借りることによって少しでも低くなるのであれば、結婚相談所は「少子化問題」の解決策の一つになるかもしれない。

植草さんは語る。

「内田さんは生粋の昭和の男なので、『なぜそれが今の時代に通用しないのか』『それをやったら女性がどう思うのか』を、カウンセリングで一つ一つ教え続けた2年半でした。56歳でも素直な彼だったからこそ、少しずつ成長して結婚できたんだと思います」

どんな会員も決して見捨てないという植草さんの信念と内田さんのたゆまぬ努力が結実したと言えるだろう。

内田さんは結婚の報告に来た

内田さんと進藤さんの人生はここから新たなステージに入る。この先は「幸せ」ばかりとはいかないかもしれない。だが、これだけ頑張ってきた2人だからこそ、ようやく掴んだ幸せを簡単に投げ出すようなことはしないとも思う。自分を選んでくれた相手のためにきっと努力を続けるだろう。

今の日本は、「個」を尊重するあまり、「誰かと共に生きたい」という人としてごく自然な欲求ですら、口にするのがはばかられるようになってしまったように思う。そんな中で二人は、失敗を恐れず、恥を恐れず、挑戦し続ける姿を見せてくれた。

「私たちは幸せになるために生まれてきた」

そんなメッセージを2人から受け取った気がする。

内田さんと進藤さんの素晴らしい門出に心からの祝福を。そして末長くお幸せにーー。

(取材・文/八木里美)

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