「今日が最後」。お弁当箱のふたをパチンと閉めたとき、思わず声が出た。

私は非常勤講師として24歳から母校の音楽高校、大学に奉職。独身時代からピアノやソルフェージュ、伴奏法の授業を学生たちに教授してきた。最後の出勤日の朝、玄関先で少し背筋を伸ばし、靴をカツンと踏み鳴らした。

この日、私の退職を知っていたのか、学生たちは「ありがとうございました」と頭を下げ、小さな包みを手渡してくれた。ツンと鼻の奥に甘酸っぱい痛みが走る。

レッスンが終わり、講師控室に戻る。2段の楕円(だえん)形弁当箱は3代目、これの出番も最後か。ゆっくりと味わう。結婚、子育て、親の介護と並走した40数年だった。自転車で保育所に通った日々、阪神大震災での被災、コロナ禍、オンライン授業は痛烈な記憶が残る。さようなら、わが母校…。

大阪駅に出て、上を見上げる。景色もずいぶん変わった。最後にデパートを探検してみよう。ブーツに目が留まる。黒と茶色、どちらにしよう?エイッ!!2足まとめて買っちゃえ。自分へのご褒美だ。帰り道、少し膨らんだデパートの紙袋が「お疲れさま」とカサコソつぶやいた。

あの退職記念日から1年…。

小山るみ(71) 神戸市東灘区

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