「マイナ保険証義務化」の是非が、法廷で争われている。
マイナ保険証の義務化に対し、システムに対応する義務はないと、医師・歯科医師ら1415人が国を訴えた裁判では、東京地方裁判所が原告の訴えを棄却する判決を言い渡したことを受け、原告側が控訴している。
医師たちは裁判を起こさなければならないほど大きな負担が医療現場にかかっていて、廃業を考える医師が相次いでいると話す。「マイナ保険証」によって生じかねない医療崩壊の危機を訴える、現場の声。
「国はデジタル化を義務付けたのに、必要なサポートを行わず医療機関に丸投げ。目先の対策に追われた結果、医療機関のデジタル化は問題が山積みです。そのうえさらに私たちの税金が投入されそうな動きもあります」
こう訴えたのは、さいたま市の山崎泌尿器科診療所・山崎利彦院長。詳しく話を聞いた。
■「カードリーダー買い足し」でさらに“税金”巨額投入か
【山崎利彦医師】
今年5月、国会で「マイナ保険証のスマートフォン搭載を来年春にも始める」との法案が成立しました。確かに便利になる側面もあるでしょう。しかし問題があります。
現在のカードリーダーではスマホは読めないのです。読み取り部分にスマホが入りません。ではどうするのかというと、今のところ、厚労省は「スマホ用の読み取り機を新たに設置する」としています。
これらの費用はどうなるのでしょうか。このためにまた多額の税金を使うならとんでもないことですし、かといって医療機関の負担になるのも、とんでもないことです。
現行のカードリーダーは、必要な周辺器等を合わせると1台あたり40 万円ほどかかります。新しいものは読み取るだけの汎用カードリーダーとのことですから、そこまで高価ではないでしょうが、おそらくソフトウェアが必要になると思われます。新しく開発するのかもしれませんし、いずれにせよお金がかかってきます。
全国の病院、一般診療所、歯科診療所を合わせて約18万施設、調剤薬局が約6万施設あるので、合計約24万施設。さらに病院は1施設あたり3台ありますから、全部で26万台ほどのカードリーダーが必要となります。いったいいくらかかるのでしょうか。
マイナ保険証がらみの事業で既に3兆円が使われていますが、この先どうなるのか、非常に不安を覚えます。
■サイバーセキュリティ対策“丸投げ”で医療機関が悲鳴「罰せられてしまう」
そして、山崎医師が「マイナ保険証の義務化」で、最も医療機関の負担になると懸念するのが、「サイバーセキュリティ対策」だ。
【山崎利彦医師】
現在、個人情報をデジタル化して取り扱う業者のすべてに、サイバーセキュリティ対策が義務付けられています。オンライン資格確認は、患者さんの個人情報をオンラインで扱う訳ですから、当然、医療機関にはセキュリティ対策の義務が発生します。
具体的には、例えば「院内の回線図の作成」。端末やプリンターがどうつながっているのか、アクセスする権限があるのは誰でパスワードはどうしているのか、といった事細かな情報をマニュアル化します。さらに、従業員向けの講習会を開かなければいけません。
デジタル庁は、「専門業者を雇って、年に2回ぐらい講習をやってもらうのがいいでしょう」と推奨していますが、これはもう、個人の診療所でできる範囲を超えています。
今、医療機関はオンライン資格確認に対応することでいっぱいいっぱい。とてもセキュリティ対策まで手が回りません。
国はオンライン資格確認導入を半ば強引に進めました。今回の判決でも、医療機関のデジタル化は義務ということなので、セキュリティ対策も自動的に義務になります。
ところがセキュリティ対策は、われわれ個々の医療機関に丸投げです。面倒をみてくれないどころか、仮にサイバー攻撃を受けたとして、われわれは被害者になるはずなのに、対策をしていなかったということで罰せられてしまうのです。
義務化して、法律を作っておいて、しかしその後の肝心な部分は医療機関に丸投げ。補助金が出るわけでもない。
日本のデジタル化の“一丁目一番地”としてマイナ保険証を使うのであれば、セキュリティ対策などまで含めたサポート体制を整備していただきたいです。
■個人の診療所もハッカーから攻撃される
【山崎利彦医師】
セキュリティ対策がきちんとされているか、実際に国からのチェックを受けるのは、「病院」など一定以上の規模の施設です。だから多くの「診療所」は油断しているケースが多い。
(※病床20床以上が「病院」、「診療所」は病床がそれ以下であったり、入院設備がない施設を指す)
しかしこの数年で、いくつもの小規模な診療所がサイバー攻撃を受けているのです。未公表のケースが多いのですが、被害を受けた医療機関の3割近くが診療所でした。
海外のハッカーがどうやって攻撃対象者を見つけるのかというと、医療機関のホームページに載っている建物の見た目だったりするそうです。
外観が立派だと、その中の一部を借りている個人の診療所なのか、大きい病院なのか、海外の人間には分からない。なのでホームページに出ている写真を見て、「ここはお金がありそう」と攻撃をしかけてきているという報告が上がっています。
とにかく今は、個人の診療所も油断できないのです。
■「うちわに貼った写真で認識」カードリーダーのトラブルは多い
そして、現在のシステム自体にも、まだトラブルが起きていることも見逃せない事実だ。
【山崎利彦医師】
ある医師が、自分の写真をうちわに貼り付けてカードリーダーに映したら、認証されたのだそうです。お面をかぶってきたら、なりすませるということですね。
実際に受付でお面をかぶってくる人はいないでしょうが、このことから分かるのは、カードリーダーのカメラの水準が非常に低いということです。
だから、いまだにカードリーダーの不具合などのトラブルが、高い確率で起きています。ここしばらく、カードをうまく読み込めなかったというケースがあまりにも多かった。
医療機関は保険への加入が確認できないということで、窓口ではいったん「10割請求」せざるを得なかったというケースがいくつも出たんです。
■「保険証」の有効期限が切れた時が「混乱の始まり」か
【山崎利彦医師】
今はまだ現行の保険証が使えますし、実際、8割以上の方が保険証を使っています。問題は有効期限が切れた時。
おそらく2025年の夏、国民健康保険や後期高齢者の保険証の有効期限が一斉に切れた時に混乱が起こるのではないかと予想されます。
これからの大混乱を考えると、いったん立ち止まり、現行の制度を含めた今後の方針を再検証するべきではないでしょうか。
(山崎泌尿器科診療所 山崎利彦院長)
(関西テレビ 2024年12月22日)
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