「刑事司法の歴史が変わるといっても過言ではない」

不動産取引をめぐる21億円の横領事件で罪に問われた、不動産会社「プレサンスコーポレーション」の元社長・山岸忍さんが、その後の裁判で無罪となった冤罪事件。
山岸さんの代理人をつとめる元検事の中村和洋弁護士は会見の冒頭で語気を強めた。


8日午後4時半、大阪高裁が付審判請求を認める決定を出したことを受けて、急遽開かれた記者会見。狭い会見場は多くの記者や撮影者が詰めかけ熱気が溢れた。

■耳慣れない言葉「付審判請求」とは

付審判請求―。“フシンパンセイキュウ”と読む。耳慣れない手続きだ。
刑事事件で起訴するかしないかを決める権限を持っているのは検察だけ。これが原則だが、いくつかの例外がある。その一つが付審判請求だ。

公務員が職権を濫用する犯罪等に限っては裁判所に“起訴”するよう求めることができるという手続きだ。検察が警察官や検察官の職権濫用が疑われる行為を不起訴にした場合は、さらに裁判所が厳しくチェックできるようにしている制度だといえる。


大阪地検特捜部の田淵大輔検事(当時)による机をたたき大声で怒鳴りあげる取り調べ。これにより山岸さんの元部下が嘘の供述をして、山岸さんは逮捕起訴されるに至った。(のちに無罪が確定)

こうした取調べは「特別公務員暴行陵虐罪」に当たるとして、山岸さんは検事を刑事告発した。検察は不起訴処分にした。

そこから、山岸さんは大阪地裁に付審判請求を行った。しかし、大阪地裁は陵虐行為があったといえるが起訴するまでのことではない、として請求を認めなかった。

そこで、山岸さんは大阪高裁に不服を申し立てた。大阪高裁は、地裁の決定を取り消し、請求を認めた。この瞬間、田淵検事は「起訴」されて被告人となった。ここまでが大まかな経緯だ。

■史上初!裁判所が取調べ検事を”起訴“する決定

今回の大阪高裁第4刑事部(村越一浩裁判長)の決定は、2つの点で大きく踏み込んでいる。

一つはもちろん、特捜部検事の取り調べが“刑事裁判で被告人として罪に問う判断をしたことだ。特捜部検事による行き過ぎた取調べが問題視されることはこれまで何度かあった。ところが、裁判所が取調べ検事を”起訴“する判断をしたのは初めて。不適切な取調べで済まされるものではなく、犯罪ではないかというのだ。

■踏み込んだ高裁の決定、背景は…「一目瞭然」

それにしても、大阪高裁はなぜここまで踏み込んだのか。

【中村和洋弁護士】
「(高裁の)裁判官は取調べの録画映像を見たんだろうと思います。人を起訴するかどうかの判断をするときに(最良の証拠を)見ないことはあり得ない」

取調べ映像を見れば一目瞭然。会見で中村弁護士はこう強調する。
しかし、“一目瞭然”とされる机を叩いて怒鳴る部分の取調べ映像を、我々記者が目にすることはできない。いや、我々記者だけではない。山岸さんは国(検察)を相手に違法な取り調べだったとして国家賠償訴訟(民事訴訟)を2年前に大阪地裁で起こしているが、実は、その裁判官もいまだ目にしていない。

机を叩いているところ等の取調べ映像は提出しなくて良いと大阪高裁(民事部)が判断しているからだ。この判断については山岸さんが不服を申し立て、取調べ映像を国賠訴訟でどこまで調べるかが、現在最高裁で審理されている。

【中村和洋弁護士】
「国賠訴訟で検察は『取調べは説得の範囲にとどまる』と主張しているが、なぜそういう主張をしているかといえば、国賠訴訟では取調べ映像が証拠で出てこないから。一目瞭然なので、国賠訴訟でも必要不可欠な証拠だ。(今回の決定を)最高裁にも重く受け止めてもらいたい」

2016年から始まった取調べの録音録画。これが一体なんのための記録だと位置づけるのか。今回の大阪高裁(刑事部)の決定を受けて、この点を最高裁がどう判断するのか注目されるところだ。


■裁判所から検察組織に向けた異例の“メッセージ”

大阪高裁が今回もう一つ踏み込んだこと。
それは、決定文末尾に検察庁に向けて強いメッセージを投げかけている点である。

代理人の一人である元刑事裁判官の西愛礼弁護士も、会見で少し緊張した面持ちで決定文の意義を語った。

【西愛礼弁護士】
「裁判所が捜査・取調べの運用の在り方について組織として真剣に検討されるべきであると指摘した意義は大きいと思います。今回の決定が取調べの改善という方向に導くものとして、刑事司法の歴史に残るような決定と考えています」

長くなるが、西弁護士も興奮をもって受け止めた「補論」という小見出しをつけられた部分の全文を以下に引用する。

■大阪高裁決定文の「補論」全文

”(1)これまでに付審判請求が認容された事例をみると、本件とは類型を異にするものがほとんどである。

その背景には、捜査官による取調べは真実追及の場面であり、厳しく被疑者に迫るのは当然のことであるとの考えが、捜査の一翼を担い、被疑者取調べを担当する検察官に根強く残っており、そのことが、公訴官としてこの種事犯を立件、起訴する場面での意識の低さにつながっていたように思われる。

より大きな要因としては、取調べ状況の録音録画が導入される前は、取調べにおける捜査官の言動が、往々にして言った言わないの「水掛け論」になり、非言語的なニュアンスも含め、取調べでのやり取りを正確に把握することがかなり困難であったということも、犯罪の成否に関し、公判立証に耐え得る程度の嫌疑の存在を認める上でのネックになっていたと考えられる(その意味では、録音録画制度の導入の持つ意味は大きい。)”

”(2) かつて大阪地検特捜部における一連の事態を受け、「検察の在り方検討会議」が立ち上げられ、平成23年3月に、「検察の再生に向けて」という提言が取りまとめられたが、その中では、検察官の職権行使に関し、次のような指摘がされている。

検察官は、捜査活動を通じて真相を解明する捜査官としての権限と、起訴・不起訴を決し公判活動を行う公訴官としての権限とを併せて有しているところ、いずれの権限をも、おろそかにすることなく、公正かつ適切に行使しなければならない職責を負っている。
このような職責を全うするためには、 検察官が自ら捜査活動に従事する過程で、捜査官として処罰の実現を追求するあまり、公訴官として期待されている冷静な証拠評価や法律問題の十分な検討等の役割を軽視してはならない。(第1の1(4))

検察官は、警察等からの送致・送付事件においては、警察等の行う捜査をチェックしつつ自ら捜査・公訴提起を行うのに対し、特捜部の独自捜査においては、捜査の初めから公訴提起までを特捜部に所属する検察官のみが担うため、いわば「一人二役」を兼ねることとなる。そのため、特捜部の独自捜査では、検察官の意識が捜査官としての側面に傾きがちになって、捜査に対する批判的チェックという 公訴官に期待される役割が軽視されるという危うさが内在していると考えられる。(第3の2(1))”


”取調べは、それが適正に行われる限りは、真実の発見に寄与するものであり、被疑者が真に自己の犯行を悔いて自白する場合には、その改善更生に役立つとの指摘もある。

しかし、その一方で、取調べには、取調官が自白を求めるのに熱心なあまり過度に追及的になったり、不当な誘導が行われたりして、事実とは異なる供述調書が作成される結果となる危険性も内在する。

特に、社会状況や人々の意識の変化により、取調べによって供述を獲得することが困難化しつつある中において、検察官が証拠獲得へのプレッシャーを感じ、無理な取調べをする危険がより高くなっており、今般の事態は、正にその危うさが露呈したものにほかならない。(中略)

一般の国民が裁判員として刑事裁判に参加するようになったことなどを含め、検察、ひいては刑事司法を取り巻く環境は大きく変化した。
人権意識や手続の透明性の要請が高まり、グローバル化、高度情報化や情報公開等が進む21世紀において、「密室」における追及的な取調べと供述調書に過度に依存した捜査・公判を続けることは、もはや、時代の流れとかい離したものと言わざるを得ず、今後、この枠組みの中で刑事司法における事実を解明することは一層困難なものとなり、刑事司法が国民の期待に応えられない事態をも招来しかねない。(第 4の3(1)) ”

”このような提言等も踏まえ、法制審議会・新時代の刑事司法制度特別部会が設けられて調査審議が行われ、その結果に基づき、その後の刑事司法制度改革が進められその中で、取調べの録音録画の導入が決定され、検察官 独自捜査事件については、取調べの全過程が録音録画の対象となったものである(刑訴法301条の2第1項3号、4項)。

立案担当者の解説によると、その趣旨は、「被疑者の取調べ等が専ら検察官によって行われるため、被疑者の供述が異なる捜査機関による別個の立場からの多角的な質問等を通じて吟味される機会に欠けることとなり、取調べ等の状況をめぐる争いが生じた場合、裁判所は、その判断に当たり、異なる捜査機関に対する供述状況を踏まえることができず、司法警察員が送致し又は送付した事件と比較して判断資料が制約されることとなる」とされている(法曹時報70巻2号76頁参照)。

今回の事案が、上記のような経緯を経て導入された録音録画下で起きたものであることを考えると、本件は個人の資質や能力にのみ起因するものと捉えるべきではない。あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである。”

賽は投げられた。今後、刑事裁判は検察官役をつとめる弁護士を指定するところから始まっていく。耳目が集まるのは“特捜検事”が罪に問われる法廷だけではない。裁判所の“メッセージ”を「組織として」受け止めてどう検証するのか。検察庁の対応にも国民からの視線が注がれることになる。

(関西テレビ司法キャップ・上田大輔)

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。