のどかな安曇野の地に小さなヨモギ農園がある。9月上旬、爽やかな青空のもと、北アルプスの雪解け水で育ったヨモギが風に揺れていた。
長野県安曇野市穂高でヨモギを栽培しているのは、就労支援事業所「STOVE松本」(松本市蟻ケ崎1)で働く障害者たちだ。
「毎日の草刈りは欠かせませんが、仕事は苦になりません。この場所で作業するのが好きなんです」
ヨモギ栽培でリーダー格の加川国雄さん(47)はうれしそうに話す。
STOVEのサポートを受けながら、加川さんらは苗植えや草刈りのほか、商品梱包(こんぽう)などの作業に従事する。
手間と時間かけ
こだわっているのは収穫後のヨモギの乾燥だ。専門の機械を使えば短時間で可能だが、ヨモギの香りや色、栄養成分を損なう恐れがあり、天日で陰干しする手法をとっている。
「大切なのは手間と時間をかけることです」と加川さんは言う。
ヨモギは枯れにくく、栽培は難しくない。一方、昔から薬草として使われ、女性向けのハーブとして潜在的な需要も見込まれる。
約20アールの土地から収穫されるヨモギは年約1000キロ超。これまで試験的な販売のみだったが、今冬から入浴剤やヨモギ蒸しの材料、お茶などの飲用として本格的に売り出す予定だ。
障害者が関わる商品は「手作り感」を売りにして低価格になることもある。ただ、広告会社「テクイジデザイン」(浜松市)にブランディングを依頼するなど、「誇りを持てる商品」として売り出すことにこだわった。
STOVEの出水雄二代表(51)は「ヨモギは障害者でも栽培ができるだけでなく、商品としての魅力がある。販路拡大に期待したい」と強調する。
出水代表は信州大学を卒業後、大手化粧品会社などを経て、5年前にSTOVEを設立した。「子供たちに情熱を持って仕事に取り組む姿を見せたい」との思いがあった。
STOVEの役割は障害者に仕事を用意して働いてもらい、一般の企業に就職できるよう手助けすることだ。
多くの障害者がここでウェブ制作や梱包作業、清掃などに取り組み、これまで13人が一般企業に移るなどして「卒業」していった。
多くの人材を送り出してきたことを誇りに思う。
今回のヨモギ栽培は、出水代表にとっても大きなチャレンジだった。
農作業の経験はなく、車で往復2時間かけて伊那市にある「伊那薬草研究会」に通い、勉強を続けた。農地を借りて栽培を始めたのは2021年のこと。そこから障害者とともに試行錯誤を繰り返し、少しずつ耕地面積を増やしてきた。
ヨモギを始めた理由は二つあるという。
ウェブ制作をはじめ、これまで取り組んできた仕事は外部企業からの「請負事業」のみ。ヨモギ事業はSTOVEにとって初めての「自主事業」であり、経営を少しでも安定させられたらとの思いがある。
経済的な自立を
もう一つは、障害者の経済的自立につなげるためだ。
一般的に、就労支援事業所を「卒業」した障害者のうち、再び事業所に戻ってしまう人は少なくない。事業所でスキルを学んだとしても、実社会で生きることは簡単でないことを出水代表は知っている。
「将来的には障害者としてではなく、一生産者として私たちのヨモギ栽培を手伝ってほしいのです。そして、普通に給料を得てほしい。そうすれば本当の自立につながると思っています」
もちろん現実は甘くない。そもそもヨモギが売れなければ絵に描いた餅に終わるだろう。ただ、いつか生産者として障害者がここで働く日がくることを夢見て、出水代表と障害者は今日も一緒にヨモギ栽培に励んでいる。【川上晃弘】
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