車載ソフト開発基盤「アリーン」の開発を進めているトヨタは組織体制も強化し外部連携も進める(写真:トヨタ提供)
自動車業界でソフトウエア技術者の獲得競争が激化している。クルマの付加価値をソフトの力で高める「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV、ソフト定義車両)」の時代が到来し、ソフトが製品の競争力を左右するようになったためだ。自動車各社はIT(情報技術)企業との外部連携などで専門人材の確保を急ぐ。

「ホンダ、日産自動車の協業検討の目玉は車載ソフトの共同開発だ」。自動車業界に詳しいある関係者は、こう指摘する。

ホンダと日産は3月、電気自動車(EV)などの領域で戦略提携する方向で検討すると表明。業界に衝撃が走った。両社は自動車の電動化・知能化の分野で協業を想定。EVの駆動装置「イーアクスル」などのEV基幹部品の共同調達などハード面のみならず、車載ソフトの共同開発も視野に入れる。

戦略提携に向けて検討を始めると発表した日産の内田誠社長兼最高経営責任者(CEO、左)とホンダの三部敏宏社長(写真:ホンダ提供)

その発表から10日後に開かれた日産の中期経営計画説明会でもソフト領域の取り組みが話題になった。日産の中畔邦雄副社長は「我々はソフトを無線通信経由で更新しやすいように電子制御ユニット(ECU)の統合を早くから進めてきた。ソフトによる付加サービスを実装してきており、(今後も)ソフト開発に力を入れていく」と語った。

「クルマのスマホ化」現実に

SDVではソフトがクルマの機能や性能を決める要因となる。従来のハード起点のクルマづくりを根底から覆す。スマートフォンのようにソフトの更新によってクルマの機能や魅力を向上させることを各社は競うようになる。いわば「クルマのスマホ化」だ。ハードを売ったら終わりという事業モデルは過去のものとなる。

矢野経済研究所(東京・中野)は、国内の車載ソフト市場(ソフト開発ベンダーのみを対象)が、2021年の3770億円から30年には1兆9130億円に拡大すると予測している。米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)によると、車載ソフトが生み出す利益は35年には260億ドル(約3兆9200億円)になると見込まれている。

既にEV大手の米テスラは無線通信経由で車両の機能を改善するソフト起点でのクルマづくりを始めている。伝統的な自動車メーカーもSDVが重要な競争領域になると見て、開発体制の強化に乗り出している。そのために欠かせないのがソフト技術者だ。

ソフト技術者の採用動向に詳しい人材サービス会社パーソルキャリア(東京・千代田)の山口義之氏は「デジタルトランスフォーメーション(DX)や人工知能(AI)などの広がりを踏まえ、多くの業界でソフト人材へのニーズが高まっている。そんな中で自動車業界は人材獲得に苦戦している」と指摘する。

IT大手に給与面で見劣り

パーソルキャリアのまとめによると、自動車、機械、電気などの製造業でソフト技術者の求人倍率(転職希望者1人に対する中途採用求人の件数)は21年4月に2.6倍だったのが、22年4月は3.7倍、23年4月が4.2倍、直近の24年2月が5.7倍とうなぎ登り。ソフト技術者を求める企業のニーズは膨らむ一方だが、供給が追い付かない。

「従業員数100人規模の企業で働いていたソフト技術者が、5万人規模の自動車関連企業に転職し、年収が100万円以上アップした例もある」(山口氏)。それでも、米グーグル、米アップルなど大手IT企業と比べると、給与面でなお見劣りするという。トップクラスの技術者にはなかなか振り向いてもらえないというのが実情だ。

米IT大手の管理職クラスの年収は、国内自動車メーカーの技術系管理職とは大きな開きがあるとされている。自動車メーカーにとって高スキル人材の確保は一筋縄ではいかない課題となっている。

ソフト開発のマンパワーを確保しようと、ホンダは外部企業との連携を打ち出した。30年には連携する相手先の人材も含めて自社のクルマづくりに関わるソフト技術者を23年比でほぼ2倍の1万人に増やす方針だ。

ホンダが1月に発表した次世代EV「0(ゼロ)シリーズ」。EV市場での巻き返しにはハードだけでなくソフトでも競合メーカーに伍(ご)していくことが求められる(写真:ホンダ提供)

23年3月、ホンダは車載ソフトに強いインド企業、KPITテクノロジーズと次世代車のソフト開発で協業すると発表。提携を機にKPITはホンダ向けソフト開発に携わる人員を発表時点の900人から30年には2000人規模にする。

ホンダは23年7月には、車載ソフト開発でSCSKとも提携すると表明。SCSKは30年までにホンダ向け車載ソフトを手掛ける技術者を1000人規模にする。長期の協業関係を結ぶことでKPITやSCSKは人員を増強することに伴うリスクを抑えられる。

ホンダとSCSKはかねて協業してきたが、以前は「来年度は何人のソフト技術者をホンダ向けビジネスに充てるか」といった短期視点で都度、両社が合意点を探るやり方を取ってきた。ソフト開発のボリュームが右肩上がりとなることが見込まれる中、これでは安定的な開発体制とはいえない。

「車載ソフトの開発スピードは速くなっている。中長期目線で提携してスピーディーかつ柔軟に対応していく付き合い方を1年ほどかけて議論した」。SCSKモビリティシステム第一事業本部の鴫原忠大・本部長は振り返る。両社は近く、お互いのソフト技術者が集まって働く合同の開発拠点を設ける方針だ。

トヨタ新東京本社に透ける配慮

トヨタ自動車はソフトの開発体制を強化するため20年にNTTと資本・業務提携で合意。23年10月には独自の車載ソフト開発基盤「Arene(アリーン)」を手掛ける子会社ウーブン・バイ・トヨタ(東京・中央)と主要サプライヤーのデンソーが共同で「デジタルソフト開発センター」を新設し、コネクテッドカー(つながる車)の開発体制を強化した。

トヨタは24年3月、SCSKと東南アジアでのコネクテッド分野での提携も発表。どちらかといえば、自前主義に見えるトヨタも外部企業との連携を強化している。ある自動車関係者は「内製化を進めるトヨタのソフト技術者は今、ECUの統合関連の業務で手いっぱいの状況だ。SDV領域での対応に十分手が回らない中、外部との連携を進めたいのだろう」と見る。

トヨタは29年度、品川駅周辺に新東京本社を開くと発表しているが、そこはソフト開発に力点を置いた拠点にする方針だ。ある人材サービス関係者は「ソフト技術者はトヨタのお膝元である名古屋エリアでの勤務を敬遠する傾向にある。トヨタの新東京本社からはソフト技術者への配慮がうかがえる」と指摘する。

ホンダとの協業検討を表明した日産は、インドの大手IT企業タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)と連携。TCSが日産のソフト開発を手掛けている。日産が17年に立ち上げた「日産ソフトウェアトレーニングセンター」ではTCSの社員がソフトに関する基礎講義を約4カ月かけてするほど密接な関係を結んでいる。この研修では、既に若手を中心に500人以上がソフトの基礎を学んだ。

TCS日本法人のIoT&デジタルエンジニアリング統括本部に所属する石上和宏氏は「SDVとそれ以前の車載ソフトの世界は全く異なる。ソフト開発者は、各ソフトを組み合わせるインテグレーターの役割が重要になり、それができる人材は少ない。自動車メーカーが多様なソフト人材を活用するには、多くの外部のIT企業との連携が不可欠だ」と話す。

TCSは日産のみならず、日本の他の自動車メーカーとの協業も排除していない。ホンダと日産との協業検討の先には、KPITやTCSとのソフト面での連携拡大が現実のものとなる可能性もある。

車両主体でソフト開発を進める自動車メーカーに対し、「ソフト屋」としての視点を持つIT企業との連携は、今後も重要性を増していくだろう。100年に1度とされる自動車産業の大変革を支えるソフト人材をどれだけ確保できるかは、次世代モビリティー時代の競争の行方を大きく左右する。

(日経ビジネス 小原擁)

[日経ビジネス電子版 2024年4月9日の記事を再構成]

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