日本経済新聞社は10月17日、グリーントランスフォーメーション(GX)を後押しする「NIKKEI脱炭素プロジェクト」(2024年度)の年次総会を東京都内で開いた。脱炭素を日本経済浮揚の好機と捉え、関連市場育成に官民で取り組む重要性を確認。企業が投資リターンなどを予見できるよう、支援策や計画を具体化し道筋をつける必要性も共有した。これまでの議論の内容などをまとめた文書も作成した。

総会では脱炭素に向けた企業の取り組みなども紹介された

市場育成、予見性が重要

総会にはプロジェクト参画企業や経済産業省の飯田祐二事務次官が出席した。

政府は2050年までに二酸化炭素(CO2)など温暖化ガス(GHG)の排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。飯田氏は関連政策の進捗状況や課題について説明。特に企業が事業の予見性を高められるよう環境整備をする必要があるとの認識を示した。

24年度は国の中長期的なエネルギー政策「エネルギー基本計画」(エネ基)の見直しなどが控えており、飯田氏は「私たちが出す中身で企業がどこまで(脱炭素に)取り組むか決まる」とも話した。

参加者からは「『(投資家にとってもGHGの)排出係数が低いものに投資したほうがいい』という政策にしてほしい」といった意見が出た。エネ基を念頭に「開発目標がないと設備を造る際に必要な人材確保などの議論ができない」とし、「予見性は非常に重要」と強調する企業もあった。

参画企業からは日本がアジアの脱炭素化にどう関与するかも問われ、飯田氏は「制度や仕組みをアジア(各国)と共有しながら進めたい」と応じた。別の企業は多少高価格でも環境負荷の低い製品を買う消費者が世界的に増えている傾向を紹介し「経済合理性がある形にすることが推進力につながる」と指摘。飯田氏は「必要な対価をどこまで払ってもらえるかは大事」「(企業の取り組みの)示し方のルール化が重要」と述べた。

総会では各参画企業が脱炭素化の実現に向けた取り組みや戦略も紹介。飯田氏は「歩みを止めないことが大事。(企業が取り組みを)中長期的に進めれば、日本は世界の中でもトップランナーになれる」と期待感を示した。

分科会などで議論してきた内容を基にした「私たちが話し合ってきたこと・目指していきたいこと」と題した文章の作成も議題に上がり、参画企業の意見を踏まえた形で高村ゆかり委員長がとりまとめた。

私たちが話し合ってきたこと・目指していきたいこと(要旨)
総論
脱炭素への取り組みが気候変動対策だけでなく、エネルギーの安定供給を確保しつつ、産業競争力の強化、産業構造の転換を図る政策として推進されている。企業はGXの中核的役割を担う。企業価値の向上と競争力の強化を実現することを目指して、脱炭素への取り組みを進めていく。

サステナビリティー情報の開示(ディスクロージャー)
投資家と企業の間のよりよい建設的対話を生み出せる開示を目指す。企業は自社のビジネス上のリスクと機会を評価し、いかなるビジネス戦略をとるのかを企業の成長ストーリーとして示す。

自然資本・生物多様性と企業経営
生物多様性に配慮し、2030年ネイチャーポジティブ(自然再興)の実現に貢献する経営を目指す。投資家にとって魅力的な企業価値向上のストーリーとすることを目指し、対話を始めるコミュニケーションのツールとなることを期待している。優先度の高いエリアの識別、分析を進めることから始め、経営リスクの回避と企業価値向上につなげていく。自治体による目標の設定、地域の連携などが進むことによって、企業は取り組みを加速することができる。

エネルギー
エネルギーの安定供給を確保しつつ、いかに脱炭素化を進めていくかが課題。企業が事業・投資を進めるためには、予見性を高め、事業環境を整備・改善する国の政策が求められる。国は時間軸をもったロードマップを示してほしい。燃料や熱など非電力分野の脱炭素化にも重点を置く必要がある。地域での脱炭素化の推進が、政策やコスト負担への理解を育むことを期待する。再生可能エネルギー導入を地域にとって魅力的なものとすることが重要である。アジアの国・地域が脱炭素化していく道筋を描くことを支援する必要がある。

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投資促進へ仕組み作り

経済産業省事務次官 飯田 祐二氏

日本の高い目標に向けた取り組みを進め、経済と環境を両立して成長を実現しながらカーボンニュートラルを達成していく。

現在、16分野での分野別投資戦略を示している。これらの分野で長期的に社会実装するための取り組みを進めており、20兆円規模の政策措置のうち約13兆円分の使途を決めている。企業や大学が予見性をもって脱炭素技術への投資や研究開発に取り組めるよう後押しをする。

2024年7月からスタートしたGX推進機構は、中長期的には排出量取引制度の運用などを担うが、当面は金融支援として債務保証や出資業務を手掛ける。今後の電力需要がどれほど伸びるか正確に見通せない状況で、いかに具体的な投資を後押しするかが大きな課題だ。40年を見据え、10年間で150兆円規模の官民投資をどう伸ばしていくかという具体的な対策の検討も大事になる。

「GX2040ビジョン」の策定に向け、いくつかポイントがある。一つが脱炭素電源などへの投資を後押しする方法だ。将来の見通しなど様々な不確実性がある中、場合によっては過少投資になる可能性がある。投資が回収できる制度などの仕組み作りが重要になる。

また当面続く移行期におけるLNGの重要性が高まっているため、LNGの調達安定化など位置づけを考え直す必要がある。発電する場所に需要家を移すなど、新たな産業集積の加速と効率的で効果的な系統整備の検討も必要だ。

大変難しい課題だが、今回の決定が今後のエネルギー環境政策の方向を決める。25年2月の温暖化ガス排出削減目標(NDC)の提出も求められており、期限に間に合うように取り組みを進めていきたい。

プロジェクト参画企業から

個人・地域が再エネ参画

グリーンエナジー&カンパニー 代表取締役社長 鈴江崇文氏

当社のミッションは個人や地方企業が再生可能エネルギー参画を通じて新しい所得を獲得し、持続可能な社会を創造することだ。

国民所得や地方経済の停滞、エネルギー海外依存度の上昇といった問題を解決する具体的なアプローチとして当社が提案しているのが「マイクロGX」。個人の再エネや省エネへの投資から生まれた所得を、地域や未来へ再投資するよう促す。個人や家庭、地域コミュニティーが実践するボトムアップ型GXだ。

様々なサービスを個人が参画できる形でつくっていく。住まいの電気料金をゼロにする、蓄電池投資の分割で中小事業者が参加できるようにする、空き家や耕作放棄地の変革でエネルギーと農業を組み合わせた事業に個人事業者が参加できるようにする、といった仕組みだ。これらの推進で、1000万人の再エネ事業者創出に挑戦している。

自ら社会的価値を創出

EY Japan チーフ・サステナビリティ・オフィサー 瀧澤徳也氏

当社はクライアント・経済社会・自社の3本柱でサステナビリティーを推進している。このうち自社ではガバナンス原則、繁栄、プラネット、人の4つにおいておのおのの目標を掲げている。繁栄については「社会的価値創出」をテーマに、Ripplesという活動を実施。スタートアップ支援や高校生に会計を教えるなどの取り組みを通じ、人々に前向きな影響をもたらした人数をカウントしている。昨年度は2875人が活動に参加した。

プラネットについては温暖化ガス(GHG)排出量削減のため、ネットゼロや、事業に使う電力の全てを再エネでまかなう「RE100」を目標にしている。オフィス電力の再エネ利用率はEY Japan内で86・1%達成の見込みだ。サプライヤーの二酸化炭素(CO2)削減目標(SBT)設定は75%が目標で、現在62%まで到達した。

アジアのGX実現を支援

アビームコンサルティング 執行役員プリンシパル 豊嶋修平氏

当社はエネルギーの供給サイドについては石炭火力の事業者とのビジネスを行っており、今後はトランジション(移行)にも注力していきたい。需要家サイドについては各企業の事業戦略やポートフォリオの編成に寄り添ったコンサルティングを行い、事業成長とカーボンニュートラル実現の両立を引き続き目指す。

現在、日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)と連携し、メコン周辺の経済圏に対するキャパシティー・ビルディング(現地の能力強化)の取り組みを実施している。自分たちのみで投資するのが難しい中小事業者に対し、GXのカリキュラムを作りレクチャーする取り組みを2年間実施していく。最終的には日本企業のファイナンスやGXのソリューションが採用される形で、経済成長とカーボンニュートラルを広い範囲で実現する野心的な目標を掲げている。

船舶燃料の転換進める

日本郵船 執行役員 ESG戦略副本部長 筒井裕子氏

未来に向けた様々な取り組みから2件紹介したい。

まずは船舶の燃料転換。物流の中でも大きな役割を果たす海運でのネットゼロを目指す。橋渡し的対策として液化天然ガス(LNG)燃料船を増やしており、次の段階としてCO2を出さないアンモニア燃料船を開発、実装し、将来はゼロエミッション船へ進める。

2024年8月に世界初の商用アンモニア燃料船のタグボート「魁(さきがけ)」を竣工した。グリーンイノベーション基金を活用し、LNG燃料船からの改造という技術的に難しい挑戦を乗り越えた船だ。26年にはアンモニア燃料で運航するアンモニア輸送船の竣工に挑戦する。

GHG削減が経済価値を持つ時代に向けて、他社と共同で舶用燃料のアンモニアの代替比率とCO2の排出量の相関を衛星データの活用によってモニターする実証実験も進めている。

技術開発がカギ握る

日本ガイシ 執行役員 ESG推進統括部長 石原亮氏

2019年の創立100周年を機にグループ理念を見直し、21年にグループビジョンを策定。独自のセラミック技術によるカーボンニュートラルとデジタル社会への貢献をESG(環境・社会・企業統治)経営など5つの変革で実現する。

具体的な事業も見えてきた。地域の再エネネットワークや大気中のCO2の直接回収、膜分離による産業分野でのCO2回収といった製品の実用化を進めている。30年にはこれら新製品の事業規模を1000億円程度とする計画だ。

50年のCO2排出ネットゼロを中心としたグループ環境ビジョンの中で、カーボンニュートラル、循環型社会、自然共生を掲げた。カーボンニュートラルは技術開発が重要な鍵になる。自然共生の取り組みを加速させるため、24年7月に自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の情報開示を先行的に行った。

3つの柱でシナジー

JERA 脱炭素推進室長 高橋賢司氏

当社は2035年までに、再エネと低炭素火力発電を組み合わせたクリーンエネルギー供給基盤を提供するプレーヤーを目指す。柱となるのが、洋上風力などの再エネ、水素・アンモニア、LNGの3つだ。それぞれ確実に事業拡大を進めながら、相互に連携してシナジーを生み出す考えだ。

LNGバリューチェーンとCO2を地下に貯留するCCSを組み合わせ、ブルー水素製造とアンモニアの輸送などを確立するほか、再エネからグリーン水素を製造し、水素を燃料とした発電によるCO2フリー電力を供給するなど、これまで培った発電や燃料の技術、ノウハウを活用していく。

技術開発や新たなサプライチェーン構築など、時代の変化に合わせ、3つの柱を柔軟に組み替えて脱炭素に取り組む。アジアへも展開し、日本を含むアジアの発展に貢献していきたい。

将来の需要増に対応

関西電力 取締役 代表執行役副社長 小川博志氏

GXに伴う電化の進展などもあり、電力需要の増加が予想される。当社は事業活動に伴うCO2排出を2050年までに実質ゼロとすることを宣言し、ロードマップを策定して取り組んでいる。

1つ目の軸は、顧客や社会との取り組みだ。家庭、産業等の全分野で電化の推進など最適なソリューションを提供する。2つ目の軸は当社自身の取り組み。再生可能エネルギーではスペインなどで浮体式洋上風力の実証に参加し、国内サプライチェーン構築も見据えて開発の具体化を進める。

原子力発電は、安全確保を大前提に最大限活用を目指し、次世代軽水炉の開発・建設に向けて基本設計を進めている。火力発電は水素混焼について兵庫県姫路市の発電所で実証を進めている。サプライチェーンも含めた排出量削減、社会全体のゼロカーボン化にも取り組んでいく。

e―メタン実装に挑戦

大阪ガス 代表取締役社長 藤原正隆氏

熱エネルギー・電源は一気に脱炭素化するのは難しい。まずは低炭素化に移行しながら、着実に脱炭素化を進めていく。

石炭・石油から低炭素な天然ガスへ転換し、さらに天然ガスを、現在、技術開発を進めているe―メタンに移行することでシームレスな脱炭素化が可能になると考えている。e―メタンは、排出されたCO2をリサイクルして水素と反応させもう一度メタンに戻したものなので、使用しても大気中のCO2は増えない。成分は都市ガスとほぼ同じで、既存インフラがそのまま使えるメリットもある。

CO2排出量の削減には、熱・電力需給の最適化、需要側での徹底した省エネ、石油・石炭から天然ガスへの転換の3つが重要だ。当社はe―メタンの社会実装を実現して、熱エネルギー分野のカーボンニュートラル化を進めるリーディングカンパニーを目指したい。

核融合など新技術支援

三井不動産 サステナビリティ推進部長 山本有氏

当社は2024年4月に策定した新グループ経営理念で、6つのマテリアリティー(重要課題)を定めた。その中の一つ「環境との共生」の一環として脱炭素を位置づけている。

サプライチェーン全体の排出削減に向け、木造ビルの建築や入居企業へのグリーン電力提供等を行っている。30年以降を見据えた取り組みとしては、脱炭素に特化したベンチャーキャピタルファンド3本に新たに出資。日米欧の脱炭素に関する技術革新の世界動向を把握し、引き続き脱炭素関連のスタートアップの発掘・共創を目指す。

さらに核融合発電の実現を目指すスタートアップとの共創にも取り組んでいる。一般社団法人フュージョンエネルギー産業協議会にも参画し、新しいクリーンエネルギーの分野における産業創造、イノベーション創出に貢献し、脱炭素社会実現を目指していく。

インパクト事業に注力

みずほフィナンシャルグループ 執行役 リサーチ&コンサルティングユニット長兼グループCSuO 牛窪恭彦氏

金融として企業・社会の脱炭素をどう支援するかを考え、中長期的視野で経済・社会・産業構造を変えていきたい。将来の理想像を描き、そこからのバックキャスティングで、今何ができるのかという発想を大事にしている。

当社グループは産業調査部という歴史ある組織を有し、中長期的に腰を据えて何をすべきか考えながら取り組んでいる。

鍵となるテーマとしては、水素、カーボンクレジット、インパクトビジネスの3つがある。水素に関しては2030年までに金融面で2兆円程度の支援を目指している。カーボンクレジットは将来的に必要な分野に適切に資金提供するうえで強力な武器になると考え、海外の取り組みに加わるなど知見を蓄えている。インパクトビジネスでは、社会的にポジティブなインパクトをお客様と共に創出していくべく注力している。

ルール作りで企業後押し

格付投資情報センター 執行役員 サステナブルファイナンス本部長 奥村信之氏

当社は企業のサステナブルファイナンスを評価会社という立場から側面支援する黒子の存在だ。国際資本市場協会(ICMA)のタスクフォースの原案検討メンバーとしても参画し、仕組み作りを支援している。

2024年に新たに設けた「グリーン・イネーブリング・プロジェクト」では、単体では環境改善効果を生み出さないが全体として効果を生むのに必要なものを、バリューチェーンの中でグリーン適格として説明する枠組みを作っている。

例えば、電気自動車(EV)のバッテリーの原料の一部であるリチウム鉱石は、単体ではグリーンとしての説明が困難だったが、この枠組みを設けることで、最終的にはEVに搭載される部分として、広くグリーンの概念として捉える、といったことが可能になる。こうしたルール作りを通じ、日本企業の脱炭素化を後押ししていきたい。

NIKKEI脱炭素委員会

▼高村ゆかり(委員長) 東京大学未来ビジョン研究センター教授

▼末吉竹二郎 国連環境計画・金融イニシアティブ特別顧問

▼森沢充世 PRI事務局シニア・リード

▼田中加奈子 産業技術総合研究所 客員研究員

▼水口剛 高崎経済大学 学長

▼田中謙司 東京大学大学院工学系研究科 教授

▼吉高まり 三菱UFJリサーチ&コンサルティングフェロー(サステナビリティ)/東京大学教養学部客員教授

▼大野輝之 自然エネルギー財団 常務理事

▼安藤淳 日本経済新聞社 編集委員

上段左から高村氏、末吉氏、森沢氏、田中(加)氏、下段左から水口氏、田中(謙)氏、吉高氏、大野氏

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