これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、00年代に光岡自動車から発売され、話題を集めた和製スーパーカー、オロチを取り上げる。

文/フォッケウルフ、写真/ミツオカ

■誰でも乗れることにこだわったスーパーカー

 パフォーマンスが高いうえに、スタイルが美しく、価格についても一般的なクルマのそれを遥かに超越している。スーパーカーとはどういうクルマなのかを問われたら、多くの人がこう説明するはずだ。

 そしてもうひとつ条件を付け加えるとしたら、普段使いではかなり乗りにくいということ。特にスポーツカータイプのモデルでは、ボディサイズがワイドで車高が低く、視界が悪いから運転には慣れを要する。

 クルマ好きなら誰もが憧れを抱くものの、おいそれとは手にできないというのもスーパーカーの特徴と言えるだろう。こうしたスーパーカーの定義に対して一石を投じたのが、2006年に光岡から市販モデルが発表(2007年に発売)された「オロチ」だ。

2005年に行われた第39回東京モーターショーでは、市販化準備中のオロチをベースにしたオープンモデル「オロチ ヌードトップロードスター」も公開されている

 オロチが掲げたコンセプトは、「ファッションスーパーカー」である。ワイド&ローのプロポーションで地を這うようないで立ちや大胆に描かれた曲線で構成された造形は、まさにスーパーカーそのものである。

 しかしオロチの場合は、クルマに詳しくない老若男女がひと目見てスーパーカーと認識でき、ファッションを楽しむように自分のセンスを表現できるデザイン重視のクルマとして作られた。それがファッションスーパーカーとされる所以である。

 強烈なインパクトを放つ顔つきは獲物を見据えた眼光が表現され、ボンネットの中央にはスリットがあしらわれ、その左右には四連のアクセントが配置される。フロントグリルは大蛇が薄く口を開いたようにデザインされ、無機質な機械というより生命体であることを実感させてくれる。

記事リンク

前の記事

街の景色を変える圧倒的存在感! 光岡自動車 2代目ヒミコ試乗【テリー伊藤のお笑い自動車研究所】

次の記事

ミツオカM55の発売が正式決定! グッとくるシビックベースの70年代風スぺシャリティカー 市販化熱望の声に応えて2025年内に市場投入!

■パフォーマンスを抑えることでスマートさを演出

 車内はオーソドックスな造形で構成されているが、シートや天井部分には本革を用いることで豪華な空間に仕立てられ、大人の感性に響く気品を漂わせている。インテリアカラーは25色のなかから選択でき、インパネやドアトリムに金属パーツを取り入れるなど細部にまでこだわった作りがなされている。

 メーターは中央に速度計、左にタコメーター、右に水温計と燃料計を配置したオプティトロン式で視認性は良好だ。3本スポークステアリングや、ストレート式シフトレバーによる操作性のよさも相まって日常的な用途で不満はない。

個性的なスタイルは大蛇(オロチ)がモチーフとなっている。大蛇が猛々しくうねる様をボディラインで表現している

 超個性的なボディの中身は、光岡オリジナルのスチール製スペースフレームが採用されている。スーパーカーといえば8気筒以上のマルチシリンダーで、大排気量、高出力エンジンを搭載するのが定石だが、オロチではトヨタから供給されるV型6気筒3.3Lの3MZ-FE型エンジンが搭載され、トランスミッションは5速ATが組み合わされている。

 最高出力は233ps、最大トルクは33.4kgmで、動力性能に関しては本格スーパーカーであるフェラーリやランボルギーニはおろか、和製スーパーカーのホンダNSXや日産GT-Rにも及ばない。ハンドリング性能についても、86やロードスターといった国産スポーツカーほうがよっぽど機敏で爽快感を得ることができる。

 しかし、見た目はスーパーカーそのものであっても動力性能が抑えられていることで、ハンドリングが穏やかで乗り心地も優れている。意外なほど普通に作り込まれたインテリアも含めて、誰でもスマートに乗れることが重視されている。これもオロチのセールスポイントであり、他のスーパーカーとは一線を画す魅力なのだ。

■レア度は他のスーパーカーを凌駕する

 オロチは2007年から2014年にかけて約7年間に渡って限定販売されたが、発表当時は400台を受注生産する予定としていた。実際には130台程度の販売にとどまったが、標準仕様のほかにも「新世紀エヴァンゲリオン」とのコラボモデル「エヴァンゲリオン オロチ(2014年11月)」をはじめ、「大蛇・零(2008年1月)」、「Gold Premium(2010年6月)」、「オロチ・リッケンバッカー(2009年12月)」などの特別仕様車を販売した。

 2014年4月には保安基準や社外から調達する部品の供給などを理由に生産終了が発表され、「ファイナル オロチ」を5台限定で発表し、その歴史に幕を閉じた。

ボディサイズは全長4560mm、全幅2035mmとワイドで、1180mmという低い全高もスーパーカーらしさを強調

 一台一台手作りで組み上げるクルマとあって、オロチの年間生産台数は100台と言われていた。生産だけでなく、安全性、環境対策などの厳しい法基準をクリアすることも決して大きくない乗用車メーカーにとって容易なことではなかったはずだ。

 それでもオロチにはクラフトマンの技が随所に息づいており、それがオロチしか持ち得ない個性と機能美として表現され、オーナーに大いなる満足感を提供してくれる。

 すでに生産終了から10年が経過するが、今もそのインパクトが色褪せることはない。本格スーパーカーとはベクトルの異なるスーパーカーとして、それを作り上げた光岡というメーカーととともに、後世に語り継がれるべきクルマと言っていい。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。