球磨郡相良村では湿地の再生による生物多様性の保全と流域治水の取り組みが進められています。スタートから丸2年。現状と課題について取材しました。
【熊本県立大学 島谷 幸宏 特別教授】
「流域治水×環境、いわゆる『緑の流域治水』が目で見える形で出来てきて、東京や地元の人たち、大学生によるいろいろな交流が生まれていて、これからが大変楽しみ」
4年前の豪雨をきっかけに、甚大な被害が発生した球磨川流域では、熊本県立大学を中心に産学官が連携した研究プロジェクトが進められています。
このプロジェクトでは、『緑の流域治水』による球磨川流域の復興と持続可能な地域の実現を目指しています。
【熊本県立大学 島谷 幸宏 特別教授】
「生物多様性、経済、景観、それから治水。いろいろなものの掛け合わせによって、地域の持続的な発展に寄与したいというのが『緑の流域治水』の基本的な考え方」
このプロジェクトの一環として、相良村では2年前から湿地の再生に向けた取り組みが進められています。
プロジェクトの舞台は、役場の近くにある瀬戸堤自然生態園。
【球磨湿地研究会 宮川 続 代表】
「昔、ここはきれいな田んぼで(水が)腰まである深さの湿地だった」
もともとは年中、腰までつかるほどの湿田でした。
ただ、機械による営農が難しく、1990年代初めに耕作放棄地となりました。
その後、村が買い取り、定期的に草刈りなどをして維持・管理を図りましたが、ツルヨシなど背の高い植物が生い茂り、陸化が進んでいました。
【球磨湿地研究会 宮川 続 代表】
「やぶになって樹木が生えると、日当たりの良い所を好む湿地の植物はなくなってしまう」
この湿地にはかつて、絶滅危惧種のデンジソウやクロホシクサのほか、ハッチョウトンボなど希少な生き物が生息。しかし、徐々に姿を消し、湿地の再生は待ったなしの状況となっていました。
【熊本県立大学 一柳 英隆 学術研究員】
「草を刈ったり、焼いたりして、水場を作ることをしている」
「メダカやドジョウ、タニシなど昔当たり前のように田んぼにいた生き物が戻ってくることを目指している」
もともと、営農など人の手によって維持されてきた湿地。それを再生させるには定期的に草を刈り、湿地を耕す作業を継続的に行う必要があります。
行政や研究者だけでは労力的にも、資金的にも限界がありました。
【MS&ADホールディングス 浦嶋 裕子 さん】
「(近年)大雨で洪水被害が多くなっている中、湿地を再生して生物多様性を保全しながら、どうやって洪水被害を低減させるか」
そこで、自然の力を活用した防災・減災に取り組む損害保険大手の『MS&ADホールディングス』と連携。資金などの提供を受け、2年前の11月から湿地再生の取り組みがスタートしました。
『MS&ADホールディングス』は課題の人手の部分でも貢献。年に約6回、全国の社員やその家族が参加し、地元の住民などと一緒にツルヨシなどを取り除いたり、湿地を耕したりする作業に汗を流しています。
【MS&ADホールディングス 浦嶋 裕子 さん】
「さまざまな人々と活動して生物多様性の保全や流域治水について、汗を流しながら学ぶところが大きな成果だと思う」
徐々に昔の姿を取り戻しつつある生態園。
今年6月には、復元させた水田で田植えが行われました。
無農薬で栽培するため、病気に強いとされる緑米や赤米などの苗を胴長を着た参加者が手植えしました。
この日は『MS&ADホールディングス』の舩曵 真一郎 社長やプロジェクトの幹事機関である肥後銀行の笠原 慶久 頭取も参加。
ぬかるむ水田に時折、足をとられながら苗を植えていました。
【MS&ADホールディングス 舩曵 真一郎 社長】
「いかに災害の被害を抑えるか、そういうことを保険会社も一緒になって考える局面に来ている。貯水地の機能を高めつつ、生物多様性も維持するというチャレンジングな取り組みなので、私も体験させてもらって、意義深かった」
また、湿地には水害の低減を図る治水の効果もあるといいます。
【熊本県立大学 島谷 幸宏 特別教授】
「川からあふれた水をこの湿地でいったん、ためられるようにして、下流に行く水の量を少しでも減らし、時間も遅らせながら、治水にも寄与するという治水効果もこういう場所で高めることができる」
生態園では今後、降った雨を一時的に、ためることができる小さな堤防などをつくり、治水効果の調査、研究も進められます。
【東京から初参加 MS&ADのグループ社員】
「想像以上の重労働で汗びっしょりになった」
6月に田植えをした稲が黄金色に実った10月12日。
MS&ADのグループ社員や大学の研究者、地域住民などが参加して稲刈りが行われました。
参加者は、地元の農家から手ほどきを受けながら鎌を使って稲を丁寧に刈り取った後、組んだ竹に束ねた稲を掛け干ししました。
【東京から初参加 MS&ADのグループ社員】
「普段はデスクワークだけど、まったく違う体験値、学ぶ量が多いし、実際にやってみることはすごく大事だと改めて思った」
その後、参加者は復元された湿地に生息する生き物を網ですくって調査。
大学の研究者が生き物の種類や個体数を確認しました。
「これが小型のゲンゴロウ、これはミズカマキリ、数えたらバケツに入れる」
網の中からはさまざまな生き物が出てきました。
「ドジョウがとれた!」
「小型のゲンゴロウが1匹、フナが1匹・・・、以上」
「胴長の中に1匹何か生き物が入ってるよ!」
「ブルーギル! 欄外でいいので書いてください。外来種のブルーギルと。これは違うフナ、ブルーギルではない」
この日の結果に大学の研究者も手ごたえを感じています。
【熊本県立大学 一柳 英隆 学術研究員】
「夏に田んぼにいるようなミズカマキリや小型のゲンゴロウが飛来して、それのいい越冬地になっているのが分かった。昔、広く田んぼに分布していたと考えられるメダカやドジョウが増えてきたのはいいこと」
その一方で、「外来種のアメリカザリガニの影響などで昔、自生していたミズクサなど水生植物が回復していない」と課題も指摘します。
【地元の小学生】
「ここの湿地でハッチョウトンボがあまり見られなくなったので、たくさん見られるようにしたい」
企業や行政、研究機関、それに地域住民など様々な立場の人たちが連携した相良村での湿地再生プロジェクト。
『ネイチャーポジティブ』と呼ばれる生物多様性の保全を図り自然を回復させる取り組みのモデルケースとして全国的に注目を集めています。
【スタジオあとコメ】
人吉球磨地域では耕作放棄地となって維持・管理の手が届いていない湿地が他にも確認されています。
熊本県立大学を中心とした研究グループは今後、企業や地域住民と協力してこうした湿地の再生にも取り組んでいきたいとしています。
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