洒脱で豪勢な一冊である。和田画伯のカラーの似顔絵が大半を飾っている。しかし画集ではなく吉行、丸谷、野坂という御三方との共著であり、「大人の絵本」とは言い得て妙。昭和のチョイ悪おやじらの競演なのだ。

丸谷氏は「あゝ文士劇」の章で台本を担当。冒頭は吉行氏が剣客、平手造酒を演じる「天和(テンホー)水滸伝」だ。男4人で麻雀を始めたところ美女が現れて平手造酒をさらい、三人打ちになるという変な展開。泉鏡花の「婦系図(おんなけいず)」をもじった「変な系図」は内田百閒、高橋義孝、山口瞳が師弟を演じ、桃井かおりもからんでくる。

野坂氏は「人生市場」の章を受け持つ。昭和の有名人が次から次へ。三大紳士や後家殺し御三家などの一覧もあり、野坂氏の色メガネを通すとひと味違う。文壇三大美女という適切とは言い難いものもあるが野坂氏は逃げ足速く、お題だけを残して和田画伯に丸投げである。だが画伯は涼しい顔で適切な解を導き出す。

最終章は吉行氏による「ぼくのニセ絵日記」。「お忙しいですか」と問われて「小忙しいです」が口癖の吉行氏はこのとき還暦間近だった。「へんな夢」がいくつも出てくる。豚がヘソを舐める夢の話は友人の指摘で漱石の『夢十夜』の一場面とわかる。妄想に遊ぶ大人。一緒に夢の中にいる気分も味わえた。

和田画伯は作家たちのどこへ投げるのか見当もつかないボールを軽やかにユーモアで返す。その手腕の鮮やかさも見どころだ。

発行年を見ると昭和58年。『おしん』が放送され、東京ディズニーランドが開業した年だ。驚くのは表現のあけすけさ。あの頃は世の中も大らかだったなと思う。大人4人が愉快に、本気で遊ぶ様子に日々の憂さもしばし忘れた。

岐阜市 山田佳美(52)

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