「マイナ保険証義務化」の是非が、法廷で争われている。

医師・歯科医師ら1415人が、健康保険証が「マイナ保険証」に原則移行することをめぐり、医療機関にマイナンバーカードを通じた「オンライン資格確認」が義務付けられたのは違法だとして、国を訴えているのだ。

医師たちは裁判を起こさなければならないほど大きな負担が医療現場にかかっていて、廃業を考える医師が相次いでいると話す。

「マイナ保険証」によって生じかねない医療崩壊の危機を訴える、現場の声。

導入以降、医療現場に混乱をもたらしている「マイナ保険証」。

その現状について、高齢化と人口減少に悩む千葉県銚子市で現場に立ち続ける、熱田歯科医院の院長・熱田衛政医師に話を聞いた。

■マイナ保険証利用はゼロ…それでも払い続ける『保守点検料』

【熱田歯科医院・熱田衛政歯科医師】
うちは高齢の患者さんが多いので、いまだかつて誰もマイナ保険証を持ってきたことはありません。知る限りマイナ保険証を持っている人もいません。

それなのに、使わないカードリーダーのために、毎月、「保守点検料」を払い続けなければいけないのです。

そもそもオンライン資格確認は、「これをやらないと保険医にさせない」という話が厚生労働省からあって、半ば脅しのような形で導入させられました。

保険診療ができなければ大変なことになりますからね。それが大きかった。結局、何が何でも導入しなければいけない雰囲気の中で導入させられたのです。

■診療技術はあっても「コンピューター苦手」辞める医師も

マイナ保険証のためのシステム導入に補助金が出るといっても、申請も一苦労です。
窓口に電話をかけても全くつながらない。国が短い期間でやろうとしたからでしょうね。

つながったらつながったで、取扱説明書を出してくれとか言われるけど、コンピューターが苦手な人は、言われている意味が分からないんです。

ご高齢の先生なんかは、これを機に辞めちゃおうという方が結構います。ただ、やめちゃった先生も、やめようかと言っている先生も、診療の技術は問題ないんです。コンピューターは苦手でも、診療の技術には関係ない。

なぜ政府がやりたいことのために、仲間たちがやめなきゃいけないのか。その先生を頼ってきてくれている患者さんにも申し訳ないです。悔しい思いをして診療を辞めていった先生方がたくさんいること、知って欲しいです。

■ランニングコストは「数万円」にも 壊れたら補助金は?

毎月、カードリーダーの保守点検料をメーカーに払っているのですが、疑問に思うことがあります。

カードリーダーという読み込む技術を持っている電機メーカーはたくさんあると思うのですが、なぜマイナ保険証のカードリーダーは、3つか4つのメーカーしかないんでしょう。非常に疑問です。

そしてなぜこんなに高いのか。導入にはカードリーダーだけでなく、専用端末や整備費用などで40万以上かかります。その上、毎月、保守点検料などを支払わなければいけないのです。

(※千葉県保険医協会によると、回線使用料やルーター使用料、保守点検費などで、毎月のランニングコストは1台あたり1万円台~数万円に及ぶという。)

それに、10年、20年先ももつのか分かりませんよね。壊れて新しい機械を導入した時に補助金は出るのか?この先、どうなっていくのか分からないから、みんな不安なんです。

■デジタル対応に苦心 スタッフ雇おうにも地方に人がいない

今、地方の個人診療所の負担はとても大きいです。

僕はもうすぐ68歳で、妻と助手と3人で、歯科医院と訪問診療をやっていますが、オンライン資格確認の対応に苦労しています。

「できなかったら人を雇えばいいでしょ」と言われますが、そんな簡単な話ではありません。都心の大病院ならなんとかなるかもしれませんが、地方は人手を集めることも大変ですし、そもそも、このために人を雇う余裕はありません。

マイナ保険証を使うと、保険の点数が少し(100円以下)上乗せされるのですが、僕の患者さんは、マイナ保険証を作っていない人がほとんどですから、この先、マイナ保険証の上乗せ点数が、保守点検料を上回ることはまずないだろうなと思います。

高齢化が進む地方は、どこもこのような感じでしょう。国は、地方のことをどれだけ考えてくれているのかなと思います。

■「患者のための時間」医師はやるべきことがたくさんある

医師とか歯科医師はもっとやるべきことがたくさんあるんです。

新しい知識を学んで、技術を高めて、実践して患者さんに返していくことが、本当の医療なんじゃないのかなって僕は思うんです。

僕の患者さんは高齢者が多いので、入れ歯をたくさん作るのですが、「今まで本当に満足した入れ歯を作ったことがあるか?」と問われたら、正直、ないです。

もっといいものができるかもしれない、もっともっとって思うし、本当はそういうことに研鑚していくべきなんじゃないかなと思います。

毎年、何人か看取るのですが、「もうちょっと食べさせてあげたい」と思っているうちに亡くなる人もたくさんいます。だんだん痩せてきて、機能が落ちてきて、口の中が凄く乾くんです。老人って。

僕たちは「食べられる口」を作ってあげないといけない。ひとりひとり状態が違うので、数多くの患者さんを診て、成功も失敗もたくさん経験しなければいけないんです。

■「マイナ保険証なんてやっている暇はない」

マイナ保険証とかやっている暇はありません。それよりも自分の患者さんのために1分でも多く考えなければいけないんです。

(医者に)患者さんに対して、もっと良い診療をさせるための時間を確保するということが、国のやるべきことではないかと思います。

デジタル化が悪いわけではないけれど、それよりも患者さんのためにやりたいことがあるって思っている人間もいるということを知っていただければと思います。
(熱田歯科医院・熱田衛政医師)


■医師・歯科医師が法廷で苦境訴えるも…

こうした現状の中で、「システム導入の義務はない」と裁判に訴えた医師や歯科医師たち。

裁判の中では、熱田医師が指摘したように、「カードリーダーやインターネットのセキュリティなど、設備を整えるために高額な経済的負担が発生することから、高齢の医師の中には廃業を選択せざるを得ない状況になっている」などと主張してきた。

しかし東京地方裁判所(岡田幸人裁判長)は11月28日、原告の訴えを棄却する判決を言い渡した。

理由として、「経済的な負担が一定程度生ずるとしても、それが事業継続を困難にするようなものと直ちにいうことはできない」などと指摘し、義務化が廃業につながったということを認めることはできないと判断してもいる。

■裁判所は「まったく現場の状況も理解していない」法律家も指摘する「地域医療崩壊」の恐れ

こうした判決について、弁護士でマイナ保険証問題に詳しい、神奈川大学法学部・幸田雅治教授は次のように指摘する。

【神奈川大学法学部・幸田雅治教授】
東京地裁による「原告の請求棄却」は、法律の委任の範囲を拡大解釈し、また医療現場の状況を理解していない、極めて不適切な判決だと思います。

オンライン資格確認の義務付けは、医療機関に設備整備の負担だけでなく、その後の運用の面においても、大きな負担をかけるものです。現に、この義務付けを契機に、廃業に追い込まれた医療機関が多く報道されています。都市部の大病院は別にして、地方の医療機関や診療所などには大きな負担をかけるもので、地域医療の崩壊が懸念されます。

今回の判決では、医療機関が背負う負担について、国の主張をそのまま認め「それほどの負担ではない」と一刀両断で切り捨てていますが、まったく現場の状況も理解していないと言わざるを得ません。

原告らは、「判決は全部不服」として12月12日に控訴。さらに争う姿勢を示している。

医療現場に様々な負担をもたらしている「マイナ保険証」問題。

あす(12月22日)公開の後編では、情報セキュリティの面でも大きな負担がかかっていることを、医師の生の声からお伝えする。

(関西テレビ 2024年12月21日)

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