<季節の変わり目に、風邪が流行っている。風邪には風邪薬、葛根湯?それともビタミンC? 内科医の名取宏さんによれば、自然治癒しかないが予防法と対処法はある>

風邪が猛威を振るっている。できればかかりたくない、かかったとしても悪化させたくないと誰しも思うだろう。内科医の名取宏さんは「風邪は自然治癒しかないが、予防法と対処法はあるので知っておいてほしい」という――。

手洗いはコスパがいい予防法

風邪をひいたことのない人は、ほぼいないでしょう。日常的にもっともよく知られている病気ですが、一方で「風邪とは何か」をきちんと説明するのは案外難しいのです。よくある説明は「風邪とは、のどの痛み、咳、鼻水といった症状を引き起こす、上気道に限局した急性炎症の総称」といったところでしょう。

風邪予防といえば、まず手洗いが思い浮かぶと思います。風邪の原因となるウイルスや細菌は、咳やくしゃみで飛び散った飛沫ひまつだけではなく、手を介しても感染するからです。

たとえば、風邪をひいている人がくしゃみをするときに手で覆うと、手にウイルスが付着します。その手でドアノブや手すりといった環境表面を触るとウイルスで汚染されることに。同じ部分を別の人が触り、その手で目や鼻の粘膜に触るとそこからウイルスが感染します。

手が汚染されている可能性のあるときは、目や鼻を触らないほうがいいでしょう。

手洗いは費用があまりかかりませんし、害もほとんどありません。その上、呼吸器感染するウイルスだけではなく、胃腸炎といった消化器関連の感染症も予防できます。

ぜひこまめに丁寧に洗ってください。

うがいとマスクの予防効果

また、うがいが風邪を予防することも、日本発の研究で示されています(※1)。

18歳から65歳までの健康な人387人をランダムに、【水うがいを行う群】【ポビドンヨードうがいを行う群】【うがいを行わない対照群】の3つに分け、60日間の上気道感染症(風邪とほぼ同じ意味です)の発症数を比較したところ、水うがい群では上気道感染症の発症が4割減少したのです。

興味深いのは、殺菌作用のあるポビドンヨードうがい(代表的な商品名はイソジン)を使った群は、うがいを行わない対照群と差がなかったことです。

殺菌成分が正常な細菌叢や粘膜に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。風邪を予防したいのであれば、ポビドンヨードを使わず、普通の水でうがいをしましょう。

マスクの予防効果は、他の人からマスク着用者への感染と、マスク着用者から他の人への感染を区別して考えます。

日常的に使われている不織布マスクや布マスクは、他人からマスク着用者への感染を予防できるかどうかは不明確です。新型コロナ以前にも以後にもいくつかの研究がありますが結果は一貫していません。

一方、風邪症状のあるマスク着用者から他の人への感染は抑制すると考えられており、いわゆる「咳エチケット」として新型コロナ流行前から推奨されてきました。

新型コロナ以降は、無症状の人を含む多くの人がマスクを着用する「ユニバーサルマスキング」がコミュニティにおける感染拡大を抑制させるエビデンスも出てきています(※2)。

流行時には無症状感染者の数も増えますので、マスク着用の効果が観察できるようになるのでしょう。普通の風邪のウイルスの感染経路も新型コロナウイルスと似ていますので、他者への感染予防効果はあると思われます。

ただし息苦しかったり、表情が見えなかったりという不利益もあります。流行時や医療機関内でなければ、マスクを着用するかどうか個人の判断で決めてよいと思います。

※1 Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial
※2 Lifting Universal Masking in Schools - Covid-19 Incidence among Students and Staff

総合感冒薬は治癒を早めない

一方、風邪をひいてしまったらどうするのがベストでしょうか。風邪に治療薬はなく、症状を和らげる対症療法しかありません。

風邪の原因となりうるウイルスは200種類以上もあるといわれているため各種に対応するのは困難ですし、自然に治るので対応する必要もありません。

風邪の対症療法にもっともよく使われるのは、風邪薬(総合感冒薬)でしょう。よく「早めの(風邪薬名)」なんて宣伝されていますが、つらい症状をやわらげる効果はあるものの、風邪を予防したり早く治したりする効果はありません。

風邪が自然治癒するまでの間の苦痛を減らすための薬です。

ですから、症状が軽ければ薬を飲まなくてもかまいません。薬には一定の割合で副作用が生じますので、そのリスクに見合っただけの利益があるときに使うべきなのです。

市販薬でも処方薬でも総合感冒薬には、解熱鎮痛剤や抗ヒスタミン剤などの複数の成分が配合されています。

一剤でさまざまな症状への効果が期待できるのは利点ですが、症状によっては必要のない成分まで同時に摂取することになるのが欠点です。

つらい症状に効かせる最小限の薬で済ませるのが臨床医としてはスマートだと考えます。風邪に対して3種類も4種類も薬を処方するのは、あまり好ましくありません。

葛根湯とビタミンCの効果とは

日本では、風邪に対して葛根湯をはじめとした漢方薬もよく使われます。率直に言えばエビデンスは限られていますが、経験的に効果があるとされて処方されているのです。

風邪のひきはじめに葛根湯を飲むと予防効果があるという主張もあり、ランダム化比較試験が行われました(※3)。

風邪の症状発現から48時間以内に医療機関を受診した18~65歳の成人をランダムに、【葛根湯群】と【総合感冒薬(パブロンゴールドA)群】に分け、風邪症状の悪化の程度を比較したところ、葛根湯群において168名中38名(22.6%)、総合感冒薬群において172名中43名(25.0%)で風邪症状の悪化がありました。

葛根湯群においてやや悪化した人数が少ないものの、有意差はありませんでした。

ただし、風邪の予防に葛根湯が効かないと決まったわけではありません。

葛根湯に合った病態、東洋医学でいう体質「証しょう」に合っていない患者さんも研究対象に含んでしまったがゆえに差が出なかったかもしれませんし、風邪の症状発現から48時間以内と時間が経ちすぎだったためかもしれません。

ビタミンCも風邪の治療や予防に効果があると言われています。多くの研究が行われていますが一貫した結果は得られていません。

マラソンランナーやスキーヤーといった短期間に激しい運動をした人に限定すれば予防効果はありそうです(※4)。食事から十分なビタミンCを摂取していれば追加のビタミンCの効果はなくても、摂取不足や消耗でビタミンCが不足している集団に対しては一定の効果があるのかもしません。

※3 Non-superiority of Kakkonto, a Japanese herbal medicine, to a representative multiple cold medicine with respect to anti-aggravation effects on the common cold: a randomized controlled trial
※4 Vitamin C for preventing and treating the common cold

ハチミツの効果にエビデンスあり

では、咳に使われる「鎮咳薬」はどうでしょうか。そもそも咳は気道から痰を取り除く生理的な反応ですので、むやみやたらに止める必要はありません。

でも、よく眠れないほどひどい場合は咳止めを使ってもいいでしょう。

最近は鎮咳薬が不足していますから、代わりにハチミツを使うという選択肢もあります。

民間療法のように思えますが、実はそこそこエビデンスがあります。有名なところでは、1歳以上の小児の急性咳嗽に対して、プラセボや市販薬と比べてハチミツが有効であるという系統的レビューがあります(※5)。

用量・用法に決まったものはありませんが、目安としては就寝前に2.5mL投与です(※6)。ハチミツは甘いので投与後に歯みがきをしてください。

また1歳未満の乳児に対してはハチミツを与えてはいけません。乳児の腸内細菌は未発達のため、まれにハチミツ中のボツリヌス菌が腸内で増えて毒素を産生することがあるからです。

※5 Honey for acute cough in children - a systematic review
※6 Honey for treatment of cough in children

風邪に抗菌薬は必要ない

反対に風邪に必要ないのが、抗菌薬(抗生物質)です。

風邪の多くは抗菌薬が効かないウイルスが原因ですし、細菌が起炎菌であっても抗菌薬なしでほぼ治癒するからです。

抗菌薬は必要ないどころか、余計な費用、下痢やアレルギーといった副作用のリスク、抗菌薬が効きにくい薬剤耐性菌が生じやすいという害もあります。

まれに処方された抗菌薬を飲み切らずに残しておいて別の機会に自己判断で飲む方もいますが、意図的に耐性菌を作ろうとしているのでなければ、やめたほうがいいでしょう。

また「私の風邪には抗菌薬が効く」と断言する方もいます。抗菌薬とは無関係にご自身の免疫の力で治ったか、肺炎や副鼻腔炎や扁桃炎といった風邪に似ている他の病気だったと思われます。

それなのに一昔前までは風邪に抗菌薬はよく処方されていましたし、今も「患者さんが希望されるから」と処方する医師がいます。

でも、患者さんが抗菌薬の処方を希望するようになったのは、不要な抗菌薬を処方してきた医師、抗菌薬の必要な病気と風邪を区別できない医師がいたからです。

不要な抗菌薬は処方すべきではありません。

水分がとれれば点滴は不要

同様に、医学的には必ずしも必要のない点滴も行われてきました。

風邪がよくなる点滴は存在しません。通常の点滴に含まれている成分は、大ざっぱに言えば水と砂糖と塩です。

のどの痛みが強かったり、吐き気がしたりして水も飲めないという状態でもなければ、普通に口から水分を摂取すればいいのです。

普通の風邪では水も飲めない状態にはまずならないので、風邪に点滴は不要です。

点滴が終わるまでの数十分間は、医療機関に滞在しなければなりませんが、その間に他の患者さんから別のウイルスをうつされたら本末転倒です。

抗菌薬も点滴も、大昔の医師が行ってきた「患者サービス」の名残に過ぎないと思います。

抗菌薬や点滴の必要がなく、対症療法しかできないのなら、風邪で医療機関に受診する必要があるのか疑問に思われるかもしれません。

実際、風邪であれば自然に治るので受診の必要はありません。ごく軽い症状しかないのに受診するのは、新たな感染症にかかるリスクを考えると得策とはいえません。

風邪で病院を受診する目安

風邪で受診は必要ないといっても、問題は風邪のような症状だけれども風邪ではない重篤な疾患が紛れていることです。臨床医にとって風邪の診療とは、こうした紛れ込んだ他の疾患を見つけ出すことだといっても過言ではありません。

もちろんのことですが、患者さん自身は風邪かどうかわからないこともあるでしょうし、症状がつらいときや心配なときは、いつでも受診していただいて大丈夫です。

ただ、一定の目安はあったほうがいいでしょう。

アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は、呼吸困難、呼吸数増加、脱水、4日間以上続く発熱、改善の兆候が見られないまま10日間以上続く症状、発熱や咳などの症状の再燃や悪化、慢性疾患の悪化を挙げています(※7)。

いずれも普通の風邪ではないことを示唆しているのです。

最後に、風邪の予防や治療に効果があるとされる方法はたくさんありますが、これさえやれば大丈夫といった方法はありません。

抗菌薬のような潜在的な害の大きなものでなければ、個人の好みで選んでよいでしょう。そして風邪をひいたら、ゆっくり休むことが大切です。

自分のためのみならず、他の人に風邪ウイルスをうつさないようにすることにも役立ちます。

多少の風邪症状があっても無理をして働くのが美徳といった考え方は、新型コロナの流行後はもはや過去のものに過ぎなくなりました。

風邪でつらい時は、ぜひ休んでくださいね。

※7 CDC"Antibiotic Use―Common Cold"

※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら。

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