日本経済新聞社は11月19日、脱炭素の実現を後押しするNIKKEI脱炭素プロジェクト(2024年度)の特別セミナーを実施した。アゼルバイジャンの首都バクーで開かれた第29回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP29)の会場内からライブ配信。脱炭素という変化を経済成長の機会と捉え、事業者間での共創を通じイノベーションを推進する重要性を確認した。日本企業が持つ技術的強みや直面している課題なども共有した。

アゼルバイジャンのバクーで開かれたCOP29(一部画像処理しています)

日本の強み・課題、世界と共有

COPは国連の気候変動枠組み条約の最高意思決定機関と位置付けられ、世界中の締約国・地域が集まり地球温暖化対策の国際ルールについて話し合う。COP29で実施したセミナーには、脱炭素プロジェクトの参画企業の担当者らが出席した。

冒頭、浅尾慶一郎環境相は2050年までに二酸化炭素(CO2)排出を実質ゼロにする国際目標の達成に貢献できる技術を多くの日本企業が持っているとし、「大きなビジネスの機会がある」と強調した。カーボンゼロという共通目標の実現に向け「国家や企業間の協力も強化できる」とし、脱炭素市場の広がりにも言及した。

続く参画企業のプレゼンテーションでは、各社が自社の取り組みを紹介。CO2回収や新燃料に関する技術開発のほか、再生可能エネルギーの導入や顧客の脱炭素支援など幅広い事例が共有された。国内外の事業者と連携する企業もあり、「共創が重要」「他の産業と協力したい」といった意見が目立った。

このほか「宣言から行動に移すとき」「官民投資が進展すると確信している」などのコメントが出た。脱炭素を契機に地域経済活性化を期待する声もあった。

一方、課題についても共有された。参画企業からは「ネットゼロの燃料は今、入手が難しい」とし、次世代燃料の開発と普及に弾みがつくことを望む声が上がった。

エネルギーの安定供給と低価格、環境への配慮を同時に達成するのが難しい「エネルギーのトリレンマ」が、近年の世界的な地政学的緊張の高まりから「さらに複雑化している」との指摘もあり、社会経済の維持と脱炭素を両立するため「あらゆる選択肢を準備するよう努める」と述べる参画企業もあった。

会場には多くの国・地域の関係者が訪れた

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大きなチャンスが存在

浅尾慶一郎環境相

2024年の世界平均気温が観測史上最高の見通しになるなど、気候変動の影響が顕在化しつつある。そのような中で、50年までにCO2の排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを実現するには、様々な技術が必要だ。そこにはニーズがあり、ニーズに対応するための供給が生まれる。気候変動対策は今や世界の大きな成長産業となり、企業がニーズを取り込む大きなチャンスだ。

COP29の会場に設置されたジャパン・パビリオン

COP29のジャパン・パビリオンでは、技術展示のブースで再生可能エネルギーや省エネルギー、気候変動への適応分野、資源循環など、日本企業の技術を来場者に紹介。また、本日のセミナー「未来をつくる:脱炭素社会に向けた私たちの取組」においても、世界に誇る日本の革新的な技術・製品が紹介されている。発表内容は家庭や中小企業、地方でのグリーントランスフォーメーション(GX)の支援や、メタンや水素関連、海運業界の取り組みなど、多岐にわたる。金融業界の対応も紹介されているが、金融がなければ先進国も途上国も脱炭素は不可能であるだけに、非常に重要な役割を担う。

COP29では、先進国から途上国向けに拠出する官民の「気候資金」についての議論がなされた。資金が流れるところにはビジネスのチャンスがある。日本企業には非常に大きなチャンスがあると考えている。

また、COP29では3つの点に注力して議論している。1つ目は温暖化ガス排出量を削減する「緩和」。2つ目はファイナンス(金融)で、3つ目はパリ協定第6条に関する議論だ。2つ目のファイナンスについては、新規合同気候資金数値目標(NCQG)と呼ばれる拠出目標をどうするかが課題となったが、締約国の議論を経て結論を得ることが重要だ。パリ協定第6条は技術を持つ国家間・企業間における協力が強化でき、それが途上国にも波及して役立つメカニズムや仕組みを提供できる重要なもの。CO2の排出量削減は途上国、および一部先進国にとってはクレジットの取得になるため、まさにウィンウィンだ。産業革命前と比べた気温上昇を1.5度以内に抑えるという目標達成に向けての希望が生まれている。

日本企業の技術展示に見学者が殺到していた

今、アゼルバイジャンに多くの日本企業、日本人が、気候変動対策のために集っている。これだけの人々が気候変動対策に取り組んでいることに感謝するとともに、今後のさらなる成長を期待している。本日のセミナーをきっかけとして、わが国の優れた取り組みを企業と共に、世界に向けて力強く発信していきたい。

互いの連携、必要と認識

高村 ゆかり・NIKKEI脱炭素委員会委員長/東京大学未来ビジョン研究センター教授

高村 ゆかり・NIKKEI脱炭素委員会委員長/東京大学未来ビジョン研究センター教授

今回のセッションを通じて、脱炭素を先導する企業の取り組みには印象深い共通点が2つあった。

1つは浅尾環境相も強調されていたように、企業がこの動きをむしろ機会として捉えていること。脱炭素の流れに対して「守り」に回るのでなく、自らのビジネスを見直し、変化させながらチャンスをつくり出そうとしている姿勢が印象的だった。

セッションには経営の中核を担う方々が登壇し、自社の取り組みを発信した。脱炭素への対応を経営として取り組んでいるのがよく分かった。

2つ目はコラボレーションだ。企業の業態は様々で、対応も課題も多様だが、いずれも1社だけでは難しく、連携が必要との認識が共通していた。

例えば、日本郵船や大阪ガスなどは新しい燃料の導入に向けて取り組んでいるが、燃料のための材料・資源をどこから持ってくるか、供給に必要なインフラをどうするか、といったサプライチェーン(供給網)の整備が不可欠だ。1社だけでなく関係する企業で連携して取り組むことが必要になっている。

EY Japanやみずほフィナンシャルグループのように、脱炭素の取り組みを支援するサービスを提供する企業は、すでに顧客と一緒に、脱炭素への対応に伴走し、そのサービスを拡大・深化させている。ここでも連携が共通した特徴だ。

先導する企業は、受け身の気候変動対策ではなく、2030年から、40年、50年と先を見た戦略を立てており、むしろ今が打って出るタイミングと見ている。自分たちのビジネスをどう変え、市場を取りに行くかという攻めの姿勢がその特徴だ。

プロジェクト参画企業から

新エネルギー社会を共に

グリーンエナジー&カンパニー 代表取締役社長 鈴江崇文氏

私たちの目標は、個人や地域の事業者が再エネを通じて新たな収入機会を創出できる持続可能な社会。そのためのアプローチが、小規模ながら強力な取り組み「マイクロGX」だ。

GXプロジェクトのほとんどが都市圏で行われるが、私たちは見過ごされがちな地域に焦点を当てている。耕作放棄地や空き家を自家発電所、蓄電池、太陽光発電付き住宅などに活用するのが私たちの不動産事業。地域社会のエネルギーと食料の自給率向上を促進し、雇用創出にもつながる。

私たちの強みはローコストの建設とプランニングの能力だ。最近は農業と再エネの組み合わせによる新市場創出も推進している。再エネ利用で人々の生活が豊かになる社会を構築し、結果として新たな循環をつくり出し地域活性化につながる社会にしたい。取り組みを国内外に広めて新エネルギー社会を共につくりたい。

長期的視点で価値創造

EY Japan チーフ・サステナビリティ・オフィサー 瀧澤徳也氏(ビデオ登壇)

気候変動を食い止め2030年までにCO2排出量を半減するには、確実な計画と実行が必要だ。ステークホルダー(利害関係者)共通の価値をビジネス主導で生み出すことが、組織にとってますます重要。人的価値・顧客価値・社会価値・財務価値の4つのカテゴリーに沿って考えることで、対処すべき点が明確になる。

当社は21年に長期的価値(LTV)ビジョンを策定。クライアントと経済社会、自社に変革を促し、長期的視点での価値創造を実現する活動方針を明示した。社内では約3000人が、Ripplesという社会をより良くする活動に参加している。国内のオフィスでは電力の再エネへの切り替えを開始し、主要サプライヤーに科学的根拠に基づくCO2削減目標(SBT)の設定を働きかけている。世界各国の政府や企業が責任を果たし、大きな変革を実現する支援をしている。

アンモニア外航船を開発

日本郵船 代表取締役副社長執行役員 河野晃氏

2023年に公表した当社グループの脱炭素戦略について進捗状況をまとめたプログレスレポートを24年10月に発表した。主に取り組んだ3点を紹介する。

1つ目は、世界初の商用アンモニア燃料タグボート「魁(さきがけ)」の就航だ。この船舶で得られた専門知識を用いて、26年には大型のアンモニア外航船の竣工を予定している。

2つ目はバイオ燃料の拡大。CO2の排出量が実質ゼロとみなされるバイオ燃料の使用を今年から増やし、安全性評価を行う試験用エンジン設備を導入した。燃焼試験や分析を行い、本格的な使用に備える。

3点目は効率の改善だ。風力推進アシスト装置や省エネ用のデバイスなど、私たちは既存の技術を全て駆使していく。そして30年までには、自社の企業活動に伴う「スコープ1、2」で21年度比45%の温暖化ガス排出量削減を目指す。

CO2回収技術で貢献

日本ガイシ 代表取締役社長 小林茂氏(ビデオ登壇)

当社はサプライチェーン全体での省エネや燃料転換を進めており、産業部門全体でカーボンニュートラルを支える技術の開発にも取り組む。大気中のCO2を直接回収するダイレクト・エア・キャプチャー(DAC)用のセラミックスの技術は、効率的なCO2回収に貢献する技術。国際エネルギー機関(IEA)は、DACが2050年までに約10億トンのCO2を処理すると予想。当社はグローバルな生産体制により、増大するニーズに対応する。 

混合物から特定の気体や液体を分子レベルで分離するための様々なセラミック膜も開発している。工場や発電所からのCO2の分離、廃棄物処理場から発生するメタンガスを回収して燃料として使う実証実験にも取り組んでいる。

膨大な実験データと最先端技術を融合し、材料開発期間を10倍に加速。ニーズに迅速に対応している。

3つの重点分野に焦点

JERA 代表取締役社長CEO兼COO 奥田久栄氏(ビデオ登壇)

JERAは2035年に向けた成長戦略で、液化天然ガス(LNG)、再エネ、水素・アンモニアの3つの重点分野に焦点を当て、大きな進捗を遂げている。24年4月には英国を拠点に、再エネ開発に特化したJERA Nexを設立。専門知識を結集して再エネ成長を加速する。6月には碧南火力発電所(愛知県碧南市)で世界初の大規模アンモニア発電実証試験を完了。燃料の20%を石炭からアンモニアへ転換した実証試験は成功し、発電時におけるCO2排出20%削減が確認された。アンモニアの転換率を高め、国内の発電所の石炭利用を削減していく。

JERAは日本の電力量の約3割を供給。同時に海外の重要なエネルギープロジェクトにも参画している。日本と世界のエネルギー安定供給と脱炭素の両立に向け、地域事情に合わせて多様な選択肢を組み合わせ、現実的な解決を目指す。

e―メタンの導入促進

大阪ガス 資源・カーボンニュートラル事業開発部開発担当部長 山本唯史氏

大阪ガスは2030年までに石炭・石油から天然ガスへの転換を進め、その後はe―メタンへの移行を徐々に進め、今世紀半ばには最終的に化石燃料と決別する予定だ。e―メタンはクリーン水素と回収されたCO2から合成されたメタン分子。炭素を再利用する持続可能な特性があり、多くの利点が得られる。大阪ガスは30年までに導管供給をしている都市ガスに1%のe―メタン注入を目指す。

現在、海外のe―メタンプロジェクトに各国のパートナーと協力して取り組んでいる。安価な再エネにアクセスできるLNG輸出国で、手ごろな価格のe―メタンが生産できることを期待している。その他のLNG輸入国でも、私たちが切り開く道をたどってもらえると信じている。また、世界中のエネルギープレーヤーと、e―メタンに特化した非営利の国際的アライアンスを設立した。

脱炭素への移行を支援

みずほフィナンシャルグループ サステナビリティ企画部 執行役員部長 田辺景子氏

みずほは気候変動の取り組みについて①実体経済の移行促進②ビジネス機会の獲得③リスクの適切な管理――を念頭に置いている。

①ではサプライチェーンにおける排出量「スコープ3」の目標に注目し、実体経済の効果的移行推進を重視している。②では2030年度までにサステナブルファイナンス100兆円という目標を掲げ、グリーン・トランジション(移行)資金やテクノロジー実用化を支援するリスクマネーを積極的に供給。水素製造分野等では2兆円の資金提供を目指す。

われわれ金融機関は、ネットゼロへの移行上重要な役割を果たす全セクターとつながっており、果たせる役割は大きい。みずほはお客様とのエンゲージメント(対話)を重要視し、移行戦略の策定と戦略実行を支援する。今後もお客様と挑戦を続けて、共通ゴールのネットゼロを達成したい。

GSS市場発展に寄与

格付投資情報センター チーフアナリスト 執行役員サステナブルファイナンス特命担当 大類雄司氏

日本のグリーン・ソーシャル・サステナビリティ(GSS)のファイナンス市場動向を説明したい。第1に、政府がGX推進機構を2024年4月に設立するなど、GX政策が注目されている。私たち(R&I)は信用格付け業務を通じて日本の主要産業を支えてきた立場を生かし、GX政策を最大限支援していきたい。

第2が生物多様性などの取り組みだ。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)は24年4月、生物多様性、生態系及び生態系サービスなどを今後2年間の主なテーマとした。R&Iは第三者機関として各分野でセカンドパーティー・オピニオンを提供している。

最後にグリーン・イネーブリング・プロジェクト(GEP)だ。R&IはGEPのガイダンス文書策定に関わっており、企業の投資家への説明力向上を通じGSS債券市場の発展に貢献できると考えている。

排出量マイナス、技術力に期待


 アゼルバイジャンで開かれたCOP29では、先進国から途上国への「気候資金」の拠出が最大の課題となった。温暖化対策加速には資金と技術が欠かせない。COP29の交渉における日本政府の存在感はいま一つだが産業界が持つ脱炭素技術への関心は高く、セミナーも多くの聴衆を集めた。

COP合意、不満の声


 COP29は「ファイナンスのCOP」と呼ばれ、当初から厳しい交渉が予想された。現在、年間1000億ドル(約15兆5000億円)以上となっている拠出額の大幅引き上げを求める途上国と、慎重な先進国、さらに化石燃料からの脱却を遅らせたい産油国などの利害がぶつかり合い、予定を1日以上過ぎて閉幕した。
 合意によれば、先進国が中心となり2035年までに少なくとも年3000億ドルを拠出。さらに、他の国々や官民の資金も含め、総額で年1.3兆ドル以上を目指す。途上国では海面上昇による浸水や農作物の被害などを防ぐ適応策の資金もこれから膨らむ。先進国に率先して5000億ドル規模の資金を拠出するよう求めていたため、合意案採択後も不満の声が相次いだ。
 米国ではトランプ氏が大統領に返り咲き、温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」から離脱する見込みだ。大きな資金拠出を約束しても守れない可能性が高く、日欧以上に慎重姿勢だった。米国の離脱は日欧などが余分に資金負担を迫られる結果を招きかねず、先進国側はどの国も交渉をリードする熱意に欠けた。

日本企業への評価高く


 毎年の会議で日本政府の評判は決してよくない。海外向け発信が少なく主張が理解されず、「化石燃料推進国」といったレッテルを貼られている。ただ、先進国、途上国を問わず技術力への評価は高い。ジャパン・パビリオンでは日東電工やパナソニック、カナデビアがCO2の分離・回収や資源リサイクル、水素と太陽光を使ったエネルギーシステムなどを展示し、見学者が絶えなかった。
 パリ協定では、地球の平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度以内にとどめることを目指す。ところが、一時的ではあるものの、24年の年平均気温は初めて1.5度を上回る可能性が高い。現行の各国の温暖化ガス削減計画のままでは、長期的な平均気温も1.5度を超えるのは時間の問題だ。
 排出された温暖化ガスを回収・貯留するCCSなどの重要性が増すとみられる。日本は排出量をマイナスにするこうした「ネガティブエミッション」技術を数多く持つ。それらを途上国支援にも活用して温暖化対策を後押しするとともに、新市場を広げて国益につなげていきたい。
(編集委員 安藤淳)

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