左手前にある東北電力女川原発2号機は10月末に再稼働した=共同

「原子力が必要不可欠な電源であることには変わらない。いろんな議論があろうかと思うが、大きな影響を受けないのではないか」。11月5日に行われた三菱重工業の決算会見で、10月末の衆院選の影響について問われた泉沢清次社長は力強く語った。

原子力プラント事業を手掛ける同社の2024年7〜9月期連結決算で、原子力事業の売上収益は前年同期比19%増の1109億円だった。加圧水型軽水炉(PWR)の原発再稼働と運転支援が進むことに加え、10月末に沸騰水型軽水炉(BWR)の東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)が再稼働。今後も底堅い需要が見込まれる。

決算会見で原子力事業の人員を増やす方針を明かした三菱重工の泉沢社長

自民党と公明党と合わせた与党の議席数は衆院で過半数を割った。しかし、躍進しキャスチングボートを握ろうとしている国民民主党は、原子力政策で再稼働やその先の新増設を推進する立場をとっており、与党以上に前のめりだ。日本維新の会も推進する立場をとっている。こうした勢力を背景に、原子力発電の積極活用が記された政府の総合経済対策を裏付ける補正予算案が12月12日に衆院を通過し、17日に参院本会議で採決、成立した。

泉沢社長は原子力事業の新卒・キャリア採用を強化する方針も明かした。現在、グループ全体で約4400人いるが、手始めに26年度までに三菱重工本体の人員を1割増員する。ただ、堅調な業績の一方で泉沢社長は「技術伝承を強化する取り組みを数年前からしているが、中間層、キャリア採用のメンバーが思ったより集まらない」との懸念も口にした。

原発事故で学生集まらず

原発事業への採用熱が高まる一方で、原発人材の減少は大きな課題となっている。24年6月に発表された原子力白書によると、22年度に原子力関連の学科に入学した学生は185人にとどまる。

原子力の研究開発などを定めた原子力基本法が施行された1956年に国内初の原子力工学専攻(現在の工学部原子力工学科)を設置した東海大学は、2021年度を最後に原子力工学科の募集を停止した。4000人を超える卒業生を原子力業界に輩出してきたが、11年の福島第1原発事故後は志望者が激減。13年には定員40人に対し21人の入学にとどまるなど、定員割れが続いていた。本年度4年生の23人を最後に、歴史に幕を下ろす。

他の大学でも同様の傾向だ。大学経営の観点から、原子力関連学科を設置していても「エネルギー」や「量子」といった文字を冠する名称に学科名を変更する大学も増えた。現在、「原子力」という言葉を用いた学科名で学生を募集している大学は東京都市大学、福井工業大学の2大学のみだ。

東海大工学部原子力工学科の若杉圭一郎教授は「原発の新規増設が進まなかったことで、体力のない会社は撤退を余儀なくされ、不安感から学ぶ場所も学生も減った。残った会社も、人材不足と人材の高齢化で技術伝承が大きな課題となっている」と話す。

技術のバトンをつなぐため、企業も工夫を凝らし始めた。三菱重工によると、原子力事業のエンジニアに占める原子力系を学んできた学生は3割程度。ほとんどの学生は機械系、電気系含めた幅広い学科の出身だ。入社後、原子力プラントの設計や保守といった業務に必要な知識を習得するため、独自の50以上の講座を整備し、3カ月以上に及ぶ導入教育に充てている。

プラント事業を手掛け、同じく採用を増やす方針の日立製作所とグループ会社は23年末、メタバース内に原子炉や建屋を構築する新技術「現場拡張メタバース」を開発した。原発を3Dスキャンしてメタバース空間に再現。現場にいなくとも、実寸大での訓練を可能にした。

訓練時には、リスクを回避できる効率的な動きを検証。工事手順の確認など情報共有にも生かし、実際の現場作業の時間短縮にもつなげる。今後、福島第1原発の廃炉作業や再稼働後の原発といった現場での活用も目指している。

日立グループはメタバース上に原子炉や原子炉建屋を再現し、人材育成にも活用する(日立製作所)

作業着型のセンサーとメタバースを生成人工知能(AI)上でつなぎ、ベテラン技術者の動きを3Dデータ上で可視化することも検討する。若手社員とベテランとの動きを比較し、安全でない動きや非効率な動きをAIが指摘するような準備も進む。研究開発部門グループの担当者は「マニュアル化の難しいベテラン作業員の動きを細かく可視化できれば、人材育成へのさらなる活用が期待される」と話す。

今後、国内でも最先端半導体の製造工場やデータセンターの建設計画があり、電力需要の大幅増加が見込まれる。原子力政策が転換局面を迎えた今、エネルギー安全保障の観点からも、原発人材の獲得と育成は待ったなしだ。

(日経ビジネス 齋藤徹)

[日経ビジネス電子版 2024年11月18日の記事を再構成]

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