静岡県浜松市で演劇の公演が行われた。演劇の原作者は磐田市在住の漫画家だ。彼は難病と闘いながら「生きた証を残したい」と漫画を描き続けている。15分以上座ると下半身に痛みが生じるため、立ったまま描き続ける彼の漫画が多くの共感と支持を集め舞台化された。

5年前に難病を発症

2023年10月、磐田市で舞台の出演者を決める劇団のオーディションが行われた。

オーディション(右から3人目・寺田さん)
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「目に見えないものを信じさせてくれる。想像力をかき立てたりするのは、芸術が持っている最も尊い力。そういうものを作れたら」と、思いを口にしたのは作品の原作者で脚本を手掛ける磐田市在住の漫画家・寺田浩晃さん(28)だ。

漫画家・寺田浩晃さん

寺田さんは2018年に治療法が確立されていない「好酸球性胃腸炎」という難病と診断された。食べ物が原因でアレルギー反応が起こる難病だ。寺田さんは難病と闘いながらも「生きた証を残したい」と漫画を描き続けている。

「黒猫は泣かない」 著者:寺田浩晃さん

作品は単行本として出版され、実写ドラマ化されるなど注目された。

作品が初めて舞台化

今回初めて舞台化されるのは、寺田さんの短編集「黒猫は泣かない」に収録されている「くろいりんご と きいろいそら」だ。

提供:YouTube「スタジオGARAGE」

主人公は疑問に思ったことは授業中でもかまわず質問し、孤立しがちな小学生の男の子だ。風変りなギターを弾く男性との触れ合いや、揺れ動く男の子の心が繊細に描かれていて、自分に大切なものとは何かを問いかけてくる。

演出を担当する大谷賢治郎さんも作品に共感した一人だ。

演出家・大谷賢治郎さん

演出家・大谷賢治郎さん:
声が届かない所にいる子供たちがたくさんいて、それが明確に描かれている。この物語が伝えようとしているエッセンスが立体化することによって、別の形や芸術媒体で観客と分かち合えたら

劇団たんぽぽ

公演するのは全国各地に笑いや感動を届け、これまでの公演回数は4万5000回にのぼる「劇団たんぽぽ」。78年の歴史をもつ劇団にとっても漫画の舞台化は今回が初めてで大きな挑戦だ。

300万円超の寄付が集まる

クラウドファンディングのHP

制作費の確保と1人でも多くの賛同を得てこの作品を世に出したいと、2023年7月に行ったクラウドファンディングでは目標額300万円を超える寄付が集まった。

劇団たんぽぽ・久野由美 事務局長

劇団たんぽぽ・久野由美 事務局長:
厳しい声を受けることも覚悟だった。「作品を作りたければ自分たちで作ればいい」「作れないのであれば作らなければいい」という声があってもおかしくないと思っていたが「頑張って」という声もたくさんもらったので、やって良かった。すごくうれしかった

初顔合わせ(浜松市・2023年10月)

出演者も決まり、この日は東京から照明や美術のスタッフを招いての初顔合わせ。劇団や原作者から作品への熱い思いが語られた。

劇団たんぽぽ・久野由美 事務局長:
出版社からの持ち込みは本当にまれでみんな驚いた。内容が衝撃的で、これを私たちは舞台化できるのかずっと劇団で話し合いを続けた。劇団のみんなが「これをやりたい」という思いが強くなったので、みんなでこれを作ろうということになった

漫画家・寺田浩晃さん:
他人から見たらゴミだろうが無価値だろうが「これが大切なんだ」と自分に言えるものを持つことはすごく大切なこと。そういう生き方があることを、いまの子供たちに伝えられたら

初めての読み合わせも行われ、いよいよ作品の新たな船出となった。

意見を出し合いより良い舞台に

それから約5カ月後、本番に向け稽古も最終調整が進められていた。

劇団たんぽぽ・村岡由美子 代表

劇団たんぽぽ・村岡由美子 代表:
昇華しているものが衝動で表れてきて出てくるものだったら演出家は受け止めてくれる。そこまで行けるかどうか分からないけど目指したい

この日は気になるシーンの動きやタイミング、表情などを繰り返し確認する。意見を出し合い、より良い舞台を作りあげようと模索する姿があった。

主人公(小山田笑正)役・金原綾香さん:
いじめられていないけど孤立しているのがすごく難しくて、悩みながらやっている。本番の芝居が正解ということはない。感じた人が思ったことが正解だと思うので、自分なりの正解を見つけていきたい

主人公が触れ合う三船役・村瀬諒さん:
原作を意識しつつも、とらわれ過ぎないように意識してやっている。作者が伝えたいメッセージを取りこぼさないようにしていければ

演出家・大谷さんから細かい指示

原作漫画で既にできあがっている登場人物や世界観をただ真似るのではなくて、演劇でどう表現するのか。その難しさを感じながら作品に真剣に向き合い、自問自答を繰り返す日々だ。

演出家・大谷賢治郎さんから細かい指示が続く。稽古によって確実に身を結んでいる実感が、出演者たちにあった。

生徒役・森谷聖さん

生徒役・森谷聖さん:
より良い作品にしていこうとみんなで意識を高めて、毎日の積み重ねがワクワクして早くお客さんに届けられたら

小学生と風変りなおじさんとの物語

2024年3月、迎えた本番当日。舞台を観に訪れたのは約550人。原作者・寺田浩晃さんの姿もあった。

笑正(左端)は疑問を口にする

主人公の小学生・笑正が、風変りなおじさん・三船と出会い展開していく物語だ。

個性的な感性を持つ笑正は小学校では孤立しがち。そんな笑正におじさんは「そのままでいればいい」と背中を押してくれる。

自分を受け入れてくれる人がいることにうれしさを覚える笑正だが、学校ではそうもいかない。「なんで?」と心に抱いた疑問を授業中でも構わずに口にしてしまい、周りから孤立してしまう笑正。居場所のない世界に「変わらなければ」「おとなしくしなければ」と自分を抑えることを決意する。

三船が特別授業

そんなとき、三船が笑正の教室に駆け付け行った特別授業。「見え方によって感じることはどれも正解で常識は小さな世界での偏見でしかない」と訴える。そして三船は先生に「他の人とは違う風に世界が見えてしまう人もいる。芽を摘んでしまわないでほしい」と素直な気持ちを伝えた。

笑正(左)と支える三船

そして、旅立ちを前にした2人の別れのシーン。自分にとって大事なものとは何かを問いかけてくる。

舞台

約50分の公演は拍手に包まれて終了した。

観客は「多様性もあり時代を反映した内容で、いろいろ考えさせられた」「心と言葉がイコールにならないことも多いので、どう表現していくか何を自分で大事にしていくかは誰とも比べられないので、そういうのを大事に子供にも育ってほしい」と感想を話す。

大勢の心を動かし公演は成功

公演を成功させた劇団員からは感謝の言葉が溢れた。

主人公(小山田笑正)役・金原綾香さん

主人公(小山田笑正)役・金原綾香さん:
どん帳があがった時に、こんなにたくさんの方が観に来てくれて感謝でいっぱい

三船役・村瀬諒さん

三船役・村瀬諒さん:
小学校などいろいろな形で多くの人に届けられたら。それが寺田さん(原作者)への恩返しにもなる

原作 脚本の漫画家・寺田浩晃さん

原作 脚本・漫画家 寺田浩晃さん
不思議な感覚だった。自分の作品ではない、手を離れた感覚。自分の作品を形にしてくれて本当にありがたい

寺田さんと観客

大勢の中にいる「孤独を抱えた一人」に向けて描いた漫画は多くの共感を呼び、大勢の人の心を動かした。そして、作品は演劇という新たな形となって、これからも多くの人に届けられていく。

舞台は2025年3月にも沼津市と菊川市で上演されることになった。劇団は「いずれは全国へ作品を届けたい」と話している。

(テレビ静岡)

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