満月の頃と重なった秋分の日、ストーンヘンジに集まる大勢の人々。満月の時期には、人々の睡眠時間が短くなるという証拠が見つかっている。(PHOTOGRAPH BY ALICE ZOO, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

太古の昔から、世界中の人々は、満月が心と体に変化をもたらし、われわれをより暴力的にしたり、奇妙な行動をとらせたりすると信じてきた。研究者らは長い間、そうした主張を否定してきたが、最近の研究では、月のサイクルが一部の人々にかすかな影響を与えることが示唆されている。とりわけ、睡眠、女性の月経周期、双極性障害の人の気分の変動といった、周期的な現象においてだ。

月の周期の影響を受ける動物はいる。海では、月は潮の満ち引きだけでなく、そこで暮らす生物にも影響を及ぼす。多くのサンゴや多毛類(ゴカイなど)、ウニ、軟体動物、カニが満月の前後に産卵するのは、光の増加によるものだと考えられている。

人間にも月のサイクルが影響するのかについては、研究者たちは長らく否定的であり、影響が「ある」か「ない」かで互いに矛盾する多くの研究結果が発表されてきた。実際、殺人や外傷センターへの入院、精神科への入院については、満月の前後での増加は見られないとする大規模な研究がある。

月明かりの中、ハクガンをおびき寄せるために数百個のデコイ(おとり用の模型)を配置する米アイオワ州のハンター。(PHOTOGRAPH BY WILLIAM ALBERT ALLARD, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

しかし、最近の研究により、潮目が変わりつつある。

近年の発見は、月がわれわれに影響を与えることはないという長年の認識に疑問を投げかけるのに十分であり、月が人間の体や心にどのように影響しているのかを調査する必要があると、オーストリア、ウィーン大学の時間生物学者クリスティン・テスマール・ライブレ氏は述べている。

「これはデータですから、われわれは科学者としてそれを理解し、説明するよう努めなければなりません」

睡眠と月

米シアトルにあるワシントン大学の睡眠研究者、オラシオ・デ・ラ・イグレシア氏は、2021年1月に学術誌「Science Advances」に発表した研究の結果に驚かされたという。

デ・ラ・イグレシア氏らのチームは、活動をモニターする腕時計型センサーを使って、2つの非常に異なる集団の睡眠パターンを、1週間から2カ月にわたって追跡した。ひとつ目のグループは、アルゼンチンの先住民トバ族(コム族)のコミュニティーに属する約100人であり、多くは電気がない、または室内灯はあるが街灯はない環境で暮らしている。ふたつ目のグループは、ワシントン大学の学部生数百人だ。

先住民の参加者は、満月前の数日間には、平均で約20分遅く眠りにつき、全体の睡眠時間も短くなった。しかし、デ・ラ・イグレシア氏にとって予想外だったのは、シアトルの学生たちの多くも、満月の前には睡眠時間が減っていたことだ。シアトルは大都市であり、人工的な光が月明かりをかき消し、学生たちは満月がいつなのかさえ知らない場合が多い。

満天の星空と輝く月が、エベレストに設置されたたくさんのテントを照らす。(PHOTOGRAPH BY CORY RICHARDS, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

「これには非常に驚かされました」と氏は言う。古代の狩猟採集民はおそらく、月の周期を感知して、満月前の夜には警戒心を高めて活動的でいられるように、われわれのまだ知らない何らかの方法を進化させたのだろうと氏は考えている。満月の頃は夜の前半が比較的明るく、資源を手に入れたり、社会的な活動をしたりできるからだ。

もうひとつの予想外の結果は、どちらのグループでも被験者の多くが、一般には月が見えなくなる新月の前後にも、睡眠時間が短くなったことだ。

これには明らかに、月明かり以上の何かが関係している。デ・ラ・イグレシア氏の仮説は、満月と新月の時期に最も強さが増す潮汐力が、睡眠パターンに影響している可能性がある、というものだ。これらの時期には、太陽、地球、月が一直線に並び、地球の両側にかかる引力と慣性力が最大になる。

しかし今のところ、人間やその他の動物が、そうしたかすかな引力の変化を感じられるという証拠はないと、テスマール・ライブレ氏は言う。

月の周期を認識する海洋生物のイソツルヒゲゴカイ(Platynereis dumerilii)については、これまで非常に詳しく研究されてきたが、彼らが感じ取っているのは引力ではなく、月の光の持続時間だ。

一方、米国立精神衛生研究所(NIMH)の名誉科学者で精神科医のトーマス・ウェアー氏は、どのような感覚を使っているのかはわからないものの、人間が引力の変化や、引力が地球の磁場に及ぼす影響などを感じられてもおかしくないと考えている。「生物が物理的な力にどのように反応するかについては、まだわからないことがたくさんあります」と氏は言う。

月と気分の変動

2017年に学術誌「Molecular Psychiatry」に発表した研究で、ウェアー氏らは、米国の双極性障害の患者17人を、延べ37年半にわたって追跡した。この病気では通常、数週間ごとに躁(そう)状態とうつ状態の間を行き来する。

多くの患者の気分の変動は月の周期と同期しており、満月の期間、またときとして新月の期間に起こった。「満月と新月の両方に反応する人もいます」とウェアー氏は言う。

ウェアー氏は、月に関連する睡眠の変化が、こうした気分の変動に影響している可能性があると考えている。氏が以前に行った研究は、睡眠不足が躁状態を引き起こすのに関わっていることを示唆している。

米カリフォルニア州カーソン峠に昇る満月を見つめるハイカー。(PHOTOGRAPH BY PHIL SCHERMEISTER, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

また、氏らが2021年に学術誌「Science Advances」に発表した研究では、平均28日間である女性の月経周期が、一部の女性では月の周期と一致する可能性があるという証拠が示されている。

こうした効果は断続的であり、しばらく月の周期との同期が続いたり、再びずれたりする様子が見られた。研究に協力した22人の女性の中には、満月の期間に月経が来る人もいれば、新月の期間に来る人もおり、またそのふたつの間で切り替わる人もいた。

この研究は、参加者本人が約15年間にわたってつけた月経記録に基づいて行われた。女性が年齢を重ねたり、夜間に人工の光にさらされる機会が増えたりするにつれて、月経周期は短くなり、月と同期しなくなっていったという。論文の著者らは、女性の月経周期はその昔、月と調和していたが、現代の生活によってそれが変化したのだと考えている。

「あり」「なし」で結果が分かれてきた理由

重要な疑問は、かつての研究では明確な結論がほとんど出なかったのに、なぜ最近の研究では、月の周期と人間の健康との間に関係性が見つかっているのかということだと、ウェアー氏は言う。

その理由のひとつは、以前の研究の多くは、月周期のさまざまな時点でさまざまな人々の一瞬の状態を調べたにすぎず、個々の人を長期間にわたって追跡したわけではないことだと氏は指摘する。長く追跡しない限り、人によって異なる微妙な周期的パターンを見つけることはできない。

また、以前の研究は、それぞれ設計や手法が大きく異なっていることが多く、結果を比べるのが難しいと、チュニジア国立スポーツ医療科学センターの科学者ナリメン・ユスフィ氏は言う。

「互いに矛盾した結果が出ていたのはそのせいかもしれません」と氏は言い、研究者は月の影響を調べる際には同じ手法や手順を使うことに同意すべきだと指摘している。

"潮目"が変わる

人間の健康に対する月の影響を調べることは、単なる科学的な好奇心の問題ではない。人間の健康についてのより深い理解につながり、パフォーマンスに睡眠が影響するアスリートのトレーニングの改善や、双極性障害のような、睡眠と強く結びつく症状への新たな治療法の開発に役立てられる可能性がある。

過去数十年間にわたり、こうした考えは一蹴されてきたが、新たな研究結果は、人間には本当に月が引き起こす変化を感知できるのかについて、またもしできるのであれば、どのように感じているのかについて、科学者らが決定的な結論を出すのを助けるだろう。

「私の知っている研究者の中にも、このテーマに真剣に取り組んでいる人たちがいます」とウェアー氏は述べている。

文=Katarina Zimmer/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年8月7日公開)

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